韓国におけるBLの普及は90年代に遡る。80年代にすでに発祥していた漫画文化においては異性愛を描く「純情漫画」が主流であったがその後1994年、
韓国漫画研究会(Korea Woman Amater Comics)が日本の
「やおい」(男性同性愛表現を表す同人用語)の概念に触れ、作品を発表。
その頃「絶愛」など日本のBL作品が韓国の漫画愛好者の中で出回り、
「やおい」という単語もそのまま外来語として用いられ、「攻め」(挿入する側)と「受け」(挿入される側)もそのまま「攻(コン)」「受(ス)」として定着した。
そしてBLが韓国の一般社会に知られることになったきっかけは
日本文化解放政策の第一段階が施行された翌年の1999年、漫画用スクリーントーンを販売する日本の企業
DELETAが主催した韓国初のコミックマーケット「
コミックワールド」であった。
なお、今日における韓国のBL用語は日本と似て非なる概念もいくつかあり、独特のネーミングで呼ばれている。以下、おそらく最も実践で使えない韓国語の一つであると考えられるが、日本にも韓国語学習者が多いためごく一部を紹介する。
<攻(コン)>
ちなみに前出の「夜画帳」のスンホは上記のいくつかを除いたすべてを兼ね備えており、BL好きのツボを押さえた理想形であることが人気の秘密だといえる。
<受(ス)>
なお妊娠受を除き、ほぼ全ての属性が攻・受どちらにも適用可能。
日本から流入した「ツンデレ攻・受」「ヤンデレ攻・受」もある。
一方、BLについては現在も大小の議論が続いている。これまでも決して順風満帆ではなく、
1997年に施行された青少年保護法により成人漫画が規制された後は、
BL漫画も槍玉に挙げられた。
同じくBL小説も
2000年、青少年保護を目的とした「
個人情報保護と健全な情報通信秩序の確立に関する法律」が制定された際、
「同性愛」が有害ワード指定されたため、堂々とインターネット上で共有することが困難になった。
そのためいくつもの秘密サイトが作られ、外部に流出しないようファン同士で徹底的な管理が行われた。
現在でも韓国のオタクの中には性的表現の強い絵をSNSにアップしても規制を恐れているのか、すぐに消してしまう人が少なくない。
韓国大手電子書籍サイト、RIDIBOOKSのBLコーナー。性的描写を含む作品は19歳未満閲覧不可のため、年齢認証をしなければ表紙の画像が見られなくなっている
防弾少年団など芸能人を扱うBL小説も盛んであるが、日本のように本人および権利者の暗黙の了解という概念は薄く「
損害賠償を請求される可能性がある」「規
制が及びにくい点ではn番部屋と同様である」と見解を述べる韓国の弁護士もいる。
また韓国漫画研究会をはじめとする初期の漫画文化が女性を中心に展開されてきたことからフェミニズムの文脈上で語られることも多い。
韓国内の数々の学術研究においては、BLが好まれるのは脱・家父長制志向の表れであるという分析がなされてきたが、昨今では主にラディカルフェミニストの間で「
脱BL」の動きも見られる。
「物語に男性しか登場しない」、「強者男性が弱者男性を組み敷いて挿入する場面が旧来の支配的な男女関係を想起させる」などといった点が批判され、BL作家が弾圧された事例もある。攻めと受けについても、「挿入を前提とした役割分担はおかしい」といった指摘がある。
何かと社会的制約と論争が付き纏う“韓国的風土”の中、果たしてBL界にも韓流ブームが訪れるのか。今後の展開に要注目である。
<文・安宿緑>
ライター、編集、翻訳者。米国心理学修士、韓国心理学会正会員。近著に「
韓国の若者」(中央公論新社)。
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