スペイン、軍人の間で密かに計画されていた軍事蜂起。極右政党VOXの影も

ポデーモスの影響力を嫌う軍部

 軍人がこのような行動に出たのには次のような背景がある。  最近のサンチェス首相による連立政権は、法案を議会で可決させるのにカタルーニャの独立支持派政党やバスクのテロリストが解散した後に設立させた政党らの票をあてにして過半数の票を確保して法案を議会で通過させるというやり方を取ることが少なくない。このことへの不満が大きな要因となっているのである。それは軍部だけではない。与党の社会労働党内でも今後の党の行方を懸念している党員が多くいる。  フェリペ・ゴンサレス元首相は、独立派政党やテロ政党はスペイン国家の発展のために賛成に回っているのではない、彼らは自らの目的を達成するために賛成票を提供する代わりに見返りを求めているだけだと指摘している。  例えばスペイン語が公用語であるということを排除した新教育法の審議で彼らは賛成した。また、12月3日には来年度の国家予算案が下院で可決したが、それに賛成票を投じたのは連立政権与党の社会労働党とポデーモス以外に他はすべて地方政党だった。自らの自治州を財政的に有利に導くために事前に交渉して満足を得た後に賛成票を投じたというわけであった。野党を代表する国民党、ボックス、シウダダノスは反対に回った。  本来、政府は野党第1党の国民党からの支持を得るべきはず。ところが、政府の代表として各政党と交渉にあたっていたのはポデーモスの党首で第2副首相のパブロ・イグレシアスであった。彼は飽あくまで自らの政党の利益のためにしか動かない。彼が国民党やボックスと交渉して説得することは無理である。本来この交渉は第1副首相カルメン・カルボが担うべきであった。ところが、政治力ということに関してパブロ・イグレシアスの方が遥かに上である。サンチェス首相は自らの政権維持のためには近視眼的にどの政党でも味方についてくれるのであれば受け入れるという構えだ。  だから彼の今後の政権運営が懸念されるのである。即ち、左派で共和制支持者のパブロ・イグレシアスの考えが次第に支配するようになる可能性が十分にあるからである。  また、実はこの動きは、躍進している極右政党Voxが軍部の影響を強く反映させた政党であることも起因している。下院のVoxには2人の軍人が議員となっているほどだ。  軍部、すなわちVoxにとって、ポデーモスという左派政党が政府の舵を次第に握って行く姿は受け入れることができない。ということで今回、軍人が動き出したというわけである。

クーデターは起こり得ない。がしかし……

 ただし、スペインはEUに加盟していることもあり、今のところ、軍事クーデターが起きる可能性はほぼゼロにちかい。  ただ、現在のサンチェス首相の政権運営のやり方では与党の社会労働党の内部も鮮明に二分して行く可能性がある。実際、11月9日に電子紙『El Digital Castilla Mancha』が掲載した世論調査では次期選挙では社会労働党と国民党が同議席数になるという結果が出ている。勿論、この世論調査は右派系の紙面「La Razón」が中心になって行ったものではあるから国民党を贔屓目にした調査になっている。この調査で連立政権を組んでいるポデーモスは5-6議席を失うという結果になっている。  今後もパブロ・イグレシアスが政府内でより主導権を握るようになると、社会労働党への票は次第に失うようになって行くと思われる。そしてもう一つ問題はサンチェス首相が首相としての政治手腕に欠けるということである。  141年の歴史を持つ社会労働党が分裂することはないと思われる。しかし、民主化を導いた嘗ての党の重鎮たちは現在のサンチェス首相が歩んでいる方向は本来同党が歩むべき道ではないと指摘している。 <文/白石和幸>
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営から現在は貿易コンサルタントに転身
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