以下は、「
Motel Polska」の一部を文字起こしたものだ。
妊娠中絶禁止法案と
反対デモについて
国会で議論している様子を、
スタジオの観客がコメントしているのだが……。
ナレーター:「女性のストライキ行進について、『
法と正義』の党首
ヤロスワフ・カチンスキが国会で話しました」
カチンスキ:「先ずはお願いだから、その
SSの稲妻(
デモのシンボルをナチス親衛隊のロゴになぞらえて揶揄している)を外してくれ」
観客:「(拍手しながら)ははは、支持するよ」「(拍手しながら)ブラボー」
観客:「稲妻を持って森にでも行けばいいのよ」
観客:「なんて言ったの?」「SSの稲妻だって」
観客:「私もSSみたいだって言ったでしょ? 覚えてる?」
カチンスキ:「あなたたちが支持したデモは、いくつかはいまだに……(野次に対して)名前で呼び合う仲じゃないだろ?」
観客:「はははブラボー、
ヤレク(ヤロスワフの愛称)」「ヤレクさん、あなたのためによ」
観客:「そのとおりよ、彼は敬意を求めてるんだわ」
観客:「『お前』なんて呼び方をする関係じゃないわ。彼は副総理なのよ」
カチンスキ:「これらの
デモで多くの命が犠牲になりました。
あなたたちの手は血塗られている。165条を破っている」
観客:「デモを支援することで感染が広まっています」「賛成だ」「そういうことよ」
観客:「
カチョレク(カチンスキの愛称)といっていいのかしら、この件に関して彼は正しいわ」
観客:「だいぶ辛口ね」
観客:「これは遊びじゃありません。これは国の舵取りです」
観客:「驚きだよ。まったく6年間も……」「(野党は)ずっと騒ぎを起こしてるでしょ」
野党議員たち:「刑務所送りになるぞ」
観客:「カチンスキさんがなんのために刑務所に行くのかわかりません」
観客:「
反対勢力の政治家は憎悪に満ちてるわ」
カチンスキ:「
ポーランドが独裁政権だったら、あなたたちの多くが刑務所送りだ」
観客:「言ってやったわね!」
観客:「
ヤルシ(ヤロスワフの愛称)は言うときは言うのよ」「うまいこと言ったね」
観客:「真実はいつも痛いからね。特にそれを軽視する人には」
観客:「ヤルシは国民のために言ってるのよ。共同体が豊かであるように」
さて、いかがだろう? ご覧のとおり、与党「
法と正義」とその党首である
ヤロスワフ・カチンスキ氏を
ベタ褒めするコメントで埋め尽くされていることがわかる。
議論が行われるどころか、ただひたすら与党を賛美する番組内容は、目も当てられないほどであった。
日本でたとえるならば、「
Go To トラベル キャンペーン」について「議論する」という体で、「
スガちゃん、さすが!」「
やっぱり野党はダメ」というコメントを垂れ流しているようなものだ。在阪メディアでは、ここ最近なんとなくそういうメディアばかりに思えるくらいの状況が日本でも罷り通っているが、テーマへの賛否はさておき、
極端に偏ったコメントだけが一方的に、それも
公共放送で流されているのは、
ハッキリ言って異常である。
現地のポーランド人に感想を聞いてみると、次のような声があがった。
「
与党も、
TVPも、この
番組も、
そびえ立つクソだね。あまりに酷すぎて、思わず見入っちゃったよ」(30代・男性)
「こんなものが公共放送で流されているなんて、
社会主義の時代に逆戻りしたみたいだ。というか、共産圏にいたころも、ここまであからさまに政権を讃えるような番組はなかったんじゃない?
日本も気をつけないと同じようになっちゃうよ」(30代・男性)
「俺は
右翼を自認していて、ニュースも
TVNみたいな
左寄りで
リベラルな局じゃなくて、
TVPで観てる。妊娠中絶禁止法案についても、どちらかと言えば賛成だ。
それにしても、この内容はあんまりだよ。
バランスも報道の中立性もあったもんじゃない。これは右左、どちらのメディアにも言えることだと思うけど」(40代・男性)
「毎日教会に行って、テレビを観るぐらいしかやることがないようなお年寄りは、こんな
明らかに偏った内容でも信じちゃうんだと思う。
若い人はテレビなんて観ないし、観るにしてもTVPは与党のプロパガンダしか流さないって知ってるから」(20代・女性)
このように、
番組は与党への賛美一色だったが、
実際に話を聞いてみると批判的な声が圧倒的だった。
与党や妊娠中絶禁止法案の支持者ですら呆れていることからも、その異様性がわかるだろう。
取材を受けてくれた男性が警告するように、これは
日本人にとっても決して他人事ではない。ニュースやワイドショーを観ていても、
政権との繋がりがある「専門家」や、
政府と提携してキャンペーンを行なっている事務所の
お笑い芸人などが、
政権擁護と野党批判を繰り返すことは、もはや当たり前となっている。「日本ではこんな番組はありえない」と断言するのは難しいだろう。
各家庭のお茶の間に鎮座する
テレビが、プロパガンダを流し続ける装置へと変貌する……。SF映画で観た悪夢の未来は、現実になりつつあるのではない。少なくともポーランドでは、
すでに現実となっているのだ。
はたして日本はそんな未来を避けることができるのか。それはメディアだけではなく、我々視聴者にもかかっている。
<取材・文・訳/林 泰人>
ライター・編集者。日本人の父、ポーランド人の母を持つ。日本語、英語、ポーランド語のトライリンガルで西武ライオンズファン