ほかにも、
すでに2枚目のアルバムを発表しているにも関わらず、
フィービー・ブリジャーズが「
最優秀新人賞」にノミネートされていること、辛口で知られるレビューサイト「
ピッチフォーク」にて
10年ぶりの満点を叩き出した
フィオナ・アップルの新作が「
最優秀アルバム賞」にノミネートすらされていないことなど、どうも
チグハグな感じは否めない。
セールス・評価ともに好調ながら、主要部門から締め出されたアーティストも多い。
たとえば、
ボブ・ディラン久しぶりのオリジナル・アルバム「
Rough and Rowdy Ways」は、
全米チャート2位、メタクリティックでの評価
95点(!)、収録時間70分超と、
今年最大の超大作とも言えるアルバムだ。
ノーベル文学賞を含むあらゆる賞を総ナメにし、文字どおりロックとともに成長して生きてきたディランだけに、本人は風に吹かれ……どこ吹く風だろうが、残念このうえない。
同じく、
BLM運動が最大の盛り上がりを見せるなか、前倒しで急遽リリースされた
ラン・ザ・ジュエルズの「
RTJ4」も主要4部門にはノミネートされなかった。
「
I Can’t Breathe」(息ができない)というBLM運動のスローガンを予見したかのように、先立って楽曲中で同じ歌詞を発していたラン・ザ・ジュエルズは、
分断が進み混沌としていく世界を見事に表現していた。
クイーンズ・オブ・ザ・ストーンエイジの
ジョシュ・ホーミ、再始動を発表した
レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの
ザック・デ・ラ・ロチャと、
ロック勢もゲストとして参加しており、まさにヒップホップシーンにとどまらない強力なアルバムだったのである。ちなみに「メタクリティック」でも
89点と高得点。
メンバーの
EL-Pは
カンパニー・フロウや
カンニバル・オックスといったアンダーグラウンド・ヒップホップの伝説的グループでも高い評価を得ており、
キラー・マイクは
ダンジョン・ファミリー界隈での活躍や
アクティビストとしても知られている。にも関わらず、グラミー賞では
ラップ部門にすらノミネートされず……。
さらに
BTSや
ハリー・スタイルズといったポップス勢も、ロングセールスを続けて高評価ながら、
主要4部門からは漏れている。
グラミー賞史上初、女性アーティストがロック部門を占拠
とはいえ、暗いニュースばかりではない。「NME」が「史上初めて2021年グラミー賞の最優秀ロック・パフォーマンス賞の候補者が全員女性に」と報じたように、ロックファンにとって嬉しいニュースとなったのは、女性アーティストの躍進だ。(参照:
NME)
最優秀ロック・パフォーマンス賞
Fiona Apple/SHAMEIKA
Big Thief/NOT
Phoebe Bridgers/KYOTO
HAIM/THE STEPS
Brittany Howard/STAY HIGH
Grace Potter/DAYLIGHT
近年、グラミー賞に限らず、
女性アーティストが高い評価を得て音楽シーンを牽引しているが、今回の顔ぶれはまさにそんな世相を反映しているだろう。
ビッグ・シーフ、
フィービー・ブリジャーズ、
HAIMといった若手・中堅アーティストに混じって、その影響源のひとつであろう
フィオナ・アップルがノミネートされていることからも、さまざまなメッセージが感じられる(フィービーは日本での思い出を綴った「KYOTO」でノミネートされているので、特に応援したいところだ)。
また、全体のノミネートを見渡しても、
ビヨンセと
デュア・リパが各5部門、
テイラー・スウィフトが4部門、
ビリー・アイリッシュが3部門と、女性アーティストの力は圧倒的。
最優秀ロック・ソング賞でも
8割が女性アーティストである。
このように、部門によって明暗がクッキリわかれてしまったグラミー賞。はたして栄光に輝くのはどのアーティストなのか? “眩い光”の影に隠れてしまったアーティストたちにも注目しながら、楽しんでいただきたい。
<取材・文/林 泰人>
ライター・編集者。日本人の父、ポーランド人の母を持つ。日本語、英語、ポーランド語のトライリンガルで西武ライオンズファン