『ヒトラーに盗られたうさぎ』監督が語る、ファシズムに抗う「家族」と「教育」の力

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© 2019, Sommerhaus Filmproduktion GmbH, La Siala Entertainment GmbH, NextFilm Filmproduktion GmbH & Co. KG, Warner Bros. Entertainment GmbH

 世界的な絵本作家ジュディス・カーの幼少期を描いた自伝的作品『ヒトラーにぬすまれたももいろうさぎ』が原作の『ヒトラーに盗られたうさぎ』が11月27日よりシネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショーとなっています。  1933年2月。ベルリンに住む9歳のアンナ・ケンパー(リーヴァ・クリマロフスキ)は、兄のマックス・ケンパー(マリヌス・ホーマン)と共にカーニバルを楽しんでいたある日、父と母が深刻な顔で話し込んでいるのを目撃する。  そして、翌朝アンナは「家族でスイスに逃げる」と母から突然告げられた。新聞やラジオでヒトラーの批判を続けていた辛口演劇批評家のユダヤ人の父は、次の選挙でヒトラーが勝ったら弾圧を受けるという忠告を受けていたのだ。大好きな“ピンクのうさぎのぬいぐるみ”に別れを告げるアンナ。そして、その日を境に一家はヒトラーから逃れるため、過酷な逃亡生活を始めるのだった…。  今回は監督のカロリーヌ・リンクさんに、制作の経緯や自身が受けた歴史教育などについてお話を聞きました。  ※ドイツ在住のカロリーヌ監督にオンラインにてインタビューを実施しました。

逃亡生活を冒険のように

――カロリーヌ監督は『名もなきアフリカの地で』(01)でもナチスによる迫害から逃れた一家を描いていますが、今回、再び「ナチスにより迫害された一家」を描こうとした理由をお聞かせください。 カロリーヌ:ジュディス・カーが書いた原作『ヒトラーにぬすまれたももいろうさぎ』がベースになっています。出版されたのは1970年代とかなり古い本ではあるのですが、学校で読まなければいけない本のリストに入っていて、少女時代から読んでいました。20代までずっと好きな本でしたね。なので、プロデューサーから話があった時は嬉しかったのですが、同時に逡巡もしました。というのも、「ナチスによって迫害される家族」というテーマは、『名もなきアフリカの地で』で既に作品にしていたからです。
カロリーヌ・リンク監督

カロリーヌ・リンク監督(c)The picture was taken by Adrienne Meister.

 ただ、この作品は自分にとってとても意味のある物語だし、前回の作品と異なる側面を掘り下げられるのではないかと思って撮ることにしたのです。 ――異なる側面とはどのようなことだったのでしょうか。 カロリーヌ:『名もなきアフリカの地で』は「アフリカ」といういわゆる欧米とは全く違うある意味冒険的な環境をクローズアップして描いていました。ところが、この作品はドイツを出国したジュディスの一家が、ドイツからスイス、フランス、そしてイギリスへ亡命する物語です。もちろん、そこには彼らの身に迫る危機やそれによる恐怖があるのですが、ジュディスの両親は子供達にそれぞれの国をまさに「冒険」しているようにポジティブに見せていたんです。
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 ジュディスの父親のアルフレッド・カーは著名な演劇の批評家だったのですが、元いた国を出国して新しい国に移り住むたびに「新しい国はこんなに美しいね。素晴らしいインスピレーションを与えてくれる」と子どもたちが恐怖を感じないような言葉を掛けていたんです。  そして、実際にジュディスはそのことに感謝しています。両親のおかげで国を転々としたけれどもそんなに怖い思いをしなかったと。実際に著者と電話で話したこともあるのですが、「大変だったけど、何ヶ国も移動したあの頃が一番幸せだった」と言っていました。

正解を求めない教育

――日本の教育は「こうあるべき」という正解を伝えるというスタンスが強いように感じますが、本作では主人公のアンナが絵を描いたり、作文を書くシーンにおいて、両親や教師は「自由に描きなさい」「間違えてもいい」と言い、自主性を重んじていると感じました。子育てのシーンを描くにあたって心掛けたことはありますか? カロリーヌ:ジュディスの育ったカー家のスピリットはやはりアーティスティックなものだったと思うんです。母親はオペラを作曲し歌も歌いピアノも弾くミュージシャンです。一方、父親は演劇および文学の評論家ですが、いい作品とは何かということを常に考えていた人でした。そして、本当にいい作品を生み出すためには、厳しいルールを押し付けてはダメだということを知っていたんです。
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 父親のアルフレッドはジュディスに対しても子供の言葉は使わずに、対等に話しかけ、そして、子供の言うこともしっかりと真剣に受け止めていました。その中で人生に対して大切なことをたくさん教えていたんです。その一つが劇中にもある「何かやりたいことがあるのであれば、他人のためではなく、自分のことをやりなさい。絵を描くのであれば、誰かを喜ばせるために描く必要はない」という言葉です。彼女の自主性を何より大切に考えていました。 ――経済的に苦しい中で、夫が妻にケーキを買って公園でプレゼントしたり、ピアノを買えないので、クリスマスにタペストリーのピアノをプレゼントしたりと気遣いを見せ、夫婦が愛し合っていることがわかります。苦しい環境にある中で両親の仲が良いことが子どもの健全な成長にもつながっていると感じましたが、両親の関係を描くにあたって心掛けたことはありますか? カロリーヌ:実は、原作には両親の関係についてはあまり詳しい言及はありません。父親のアルフレッド・カーの書いたものを読んだのですが、結婚生活は波がありました。そして、彼は評論家として本や映画、演劇に対して厳しい批評をするような性格だったので、実生活でも我を通すことが多く、映画で描かれるような思いやりのある性格ではなかったようです。一方、母親のドロテアは貧困に慣れておらず、また、家事を自分でやったことがなかったので最初は苦労したようです。
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 そういうこともあり、この作品では両親が完璧でないところも見せたかったんです。なので、父親がかつて作品を酷評した映画監督に話し掛けられた時に「あいつなんか会いたくもない」と悪態をついたり、母親が新しい環境ではすぐに家事をできなかったり、仕事がみつからない様子なども描きました。  ただ、自分のストーリーでこだわった部分は、この家族の過酷な挑戦は外的な要因から来るものだという描き方をしたかったんですね。そして、子どもの強さというのは家族から与えられるものだと。家族は社会を生き抜く機能を持つ「単位」であり、困難に直面した時にはそれを乗り越える力を与えてくれるものなんです。
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原作のおかげで恐怖を感じずに
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