自己評価の低い現代人の淋しさ。デリヘルが舞台の話題作『タイトル、拒絶』監督インタビュー

表現の幅を広げて見えた景色

――先月には『されど家族、あらがえど家族、だから家族は』(双葉社)を出しました。演劇、映画、小説と表現の幅を広げて来ましたが、それぞれにおける表現技法の差異は感じていますか。 「されど家族」書影 山田:演劇と映画を比べた場合、映画は仕上げの部分で編集などがありますので、多少は違いますが、人間同士で向き合うことがメインなので、ほとんど変わらないです。ただ、映画はスタッフと過ごす時間が長く、舞台は稽古の時間があるので俳優と付き合う時間の方が長いですね。  ただ、小説を書くことは全く違います。演劇と映画は、行間は俳優が動いて埋めてくれる。でも、文芸は隙間は自分で埋めなければならないんですね。そこが全然違っていました。文芸は文字を演出する仕事だったんです。「~思う。~思う。~思う。」と書くとリズムが悪くなり表現が稚拙に感じてしまいます。  ところが、「宙を見つめる」と書けば読者に想像させることができる。そういうことがとても勉強になりました。舞台だと「後は稽古場でやるから」となりますが、映画の台本は撮りたいシーンをキャストやスタッフに伝えるための指示書なんです。そこで、言葉の使い方がかなり変わりました。 ――『タイトル、拒絶』では、キョウコと妹の和代の関係が、初の小説『されど家族、あらがえど家族、だから家族は』でも、失踪した父親を巡る母親、兄弟の姿が描かれています。 山田:家族は他人同士の集まりだということを感じています。一番近い他人だから期待してしまう。そして、他人だったら「ごめんね、ありがとう」を言わなくても、「そういう人なんだ」で終わるところでも「何で言わないの?」となってしまうところもありますよね。  『タイトル、拒絶』のマヒルと妹のカズヨの関係が描かれますが、姉妹では価値観が違う。マヒルは母親の恋人とセックスして「家庭が平穏になるならばそれでいい」と諦めていますが、妹にとってはそれが気持ち悪い。悪なんですね。
ⒸDirectorsBox

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 『されど家族、あらがえど家族、だから家族は』では、認知症の父親が失踪した時に警察に届を出すか出さないかで、母親、兄と姉で考え方が違う。そして、弟は面倒になって「どっちでもいいよ」となる。家族だからといって同じ事象に対して同じ意見になるわけではないんです。  そして、父親には愛人がいることを皆知っていて、失踪をきっかけに家族が引き裂かれた苦い記憶が蘇ります。人は結婚して選択すれば親にはなりますが、結婚前は当然、他の人とも恋愛をしています。そして結婚した後は、制度上は「相手は一人」ということになりますが、感情が動いて制度を破る人もいれば、新たな人を好きになっても制度に縛られて動けない人もいる。父親の態度に対して「否定」だけではなく、様々な感情が沸き起こるのは当然のことなんです。  それでも、小説の家族然り「家族」という形態は破れない義務でもあるし、切れないものだと思っています。そしてその「切れない」形態はやはり温かいものであって欲しいと。

すべての登場人物に共感して

――小説も映画も群像劇でした。 山田:群像劇にこだわっているつもりはないのですが、全員に登場する意味を持たせているということは周囲から言われます。誰一人として雑に扱えないんです。小説は担当さんがいらっしゃるので、「ここをもう少し読みたいです」などのコメントを貰いながら書きましたが、今回の映画は「心理描写はカノウに絞ったらいい、これではマヒルが主人公だ」とも言われました。俳優全員に登場する意味をもたせなくてもいいと。

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 本来であれば、ディレクターは作品にとって不要なものはリベラルにバサッと切らなくてはいけないんです。そういう意味では、監督に向いていないのかもしれません。  でも、ついそうしてしまうのは、格好つけた言い方をすると、自分が優し過ぎるからなんだと思います。俳優に対するリスペクトもあるし、登場人物に対する敬意もあります。 ――なぜ、登場人物全員に対して優しくなってしまうのでしょうか。 山田:自分自身が臆病で傷付いてきたという自覚があるのですが、それゆえに登場人物全員に共感してしまい、雑に扱えないからだと思います。そしてそれは、とても疲れることなんですね。  ただ、それが作品を作って生きていく上での自分に与えられた宿命や業だと感じています。監督や演出家、そして小説家は、どんなに辛いことがあっても物語に昇華させることができます。そして、作品が辛い思いをしている方に届けば物事が良い方向に循環する。自分が辛い思いをしても、それを表現として世に出して、それで誰かが慰められて、また辛い人の話を聞いて、また作品を作って…という流れができればそれでいいと。 ――この映画で監督が伝えたいメッセージについてお聞かせください。 山田:広く多くの人に見て欲しいです。例えば「女性の人に見て欲しい」「今問題を抱えて欲しい」と言ってもいいのですが、多くの人に見て頂いて口コミで伝わらないと本当に必要としている人に伝わらないと思っています。小さい規模の映画なので、よりいろんな人の言葉を聞いてみたいですね。 ――今後どのような視点で作品を撮っていきたいと思っていますか。 山田:私は人間が一番苦手で一番興味があるんです。そして、スポットライトが当たらない人の人生を自分の視点で描いてみたい、切り取ってみたいという欲求があるんですね。それは演劇でもずっとやってきましたが、映画においても変わらないと思います。 <取材・文/熊野雅恵>
くまのまさえ ライター、クリエイターズサポート行政書士法務事務所・代表行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、自主映画の宣伝や書籍の企画にも関わる。
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