オバマ回顧録の誤訳騒動は氷山の一角。記者が見た日本と欧州のメディアの違い

「答えるのがあなたの義務」

 ニュースや報道に対してのインタビューや取材も同じである。  日本では主に一方が持論を述べ続け相手はウンウンと頷くだけか、お互いに言いたいことを言うだけでグズグズなまま議論に発展しないことが多い。日本一大事なインタビュー、取材の場といって差し支えないであろう首相の会見ですら、限られたメディアが事前に質問を提出し、それにすらまともに答えないことが常態化している。  一方、欧米ではトランプ大統領がCBSの老舗番組「60 Minutes」から退出してしまったように、そういったはぐらかしやファクトや統計に基づかない発言はとことん突っ込まれる。こうした姿勢を「失礼だ」と思う人が多いことも驚きだが、記者は質問をし、政治家は答えるのが仕事である。  そう強気に言い切ってしまったが、筆者もある日ラジオでニュース番組を聞いていて、思わずヒヤヒヤしてしまった。コロナウイルスの関連報道だったのだが、ひと通りファクトと統計が紹介されたのち、政治家へのインタビューが始まったのである。しどろもどろな返答や言い逃れに対して、アンカーの口調は生易しいものではなかった。  「あなたがおっしゃっていることは、統計が示しているデータと矛盾しますね」  「今の回答は私の質問の答えになっていません」  「私の質問とは違う話になっています」  「質問に答えるのがあなたの義務です」  生放送でこういったフレーズが飛び出すことに衝撃を受けてしまったが、報道の自由がある国でのメディアの役割というのは、本来こういうものである。政治家が「お気持ちを表明」し、それにコメンテーターが「感想」を述べるのは、報道ではないとハッキリ言い切れる。

ワイドショーは「無知のトリクルダウン」

 仮にも報道やニュース番組を名乗るメディアですらこの体たらくである。お笑い芸人が司会を務め、タレントがコメンテーターとして首を揃え、より煽情的なフリップが飛び交い、日本の朝夕を占拠する「情報番組」、ニュースをより掘り下げるのではなく、単なる素材として違った角度から切り取る週刊誌については説明するまでもないだろう。  取材対象者がメディアを舐め、メディアが受け手を舐め、まさに無知のトリクルダウンである。  すでに指摘する声もあがっているが、アメリカでトランプ大統領が「フェイクニュース」を叫び始めるはるかに前から、我々はそれに晒されていたのだ。そうしてメディアを信用できなくなった人々が、SNS動画サイトなどで「真実」を発見するようになり、それをまたメディアが取り上げ事象として拡散する……。負のスパイラルだ。  もちろん、海外にも偏向報道がないわけではない。今年ポーランドでは大統領選挙が行われたが、与党の現職大統領、対立候補ともにメディアの偏向っぷりを理由に公開討論は出席拒否。現職は保守色の濃い国営放送、対立候補はリベラル系の番組にそれぞれ出演したが、相手が立っているはずだった席は空席のままという不思議な「討論」が行われる事態となってしまった。また、同国ではメディアによる検閲なども指摘されている。  それを踏まえても、日本の報道はあまりに酷すぎるというのが、海外で生活し始めて感じたことだ。取材対象者がメディアの質問に答え、メディアは簡潔に事実のみを伝え、受け手がファクトチェックをし、与えられた情報を解釈する。そんなサイクルが、メディアや報道の生み出す「雰囲気」や「ムード」を払いのけてくれると信じたい。 <取材・文/林 泰人>
ライター・編集者。日本人の父、ポーランド人の母を持つ。日本語、英語、ポーランド語のトライリンガルで西武ライオンズファン
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