ここで、読者に現在に至るまでの経緯を整理して戴くべく、以下に順を追ってそれを説明しよう。
①消息を絶ったARAサンフアンは1985年にドイツで建造された。
②2008年から2014年まで機能改善の為に補修整備などでアルゼンチンでドック入りしていた。4機の新しいエンジンを設置するのに胴体を二分するという作業も行った。製造されたドイツではなくアルゼンチンで補修整備を行った理由は、その方が費用が安く済むからだった。それでも当初の予算を日本円にして約1億9000万円ほどオーバーしている。その差は賄賂になったというのは公然の秘密とされている。
③2017年11月15日、乗務員44名を乗せて消息を絶った。
④それから48時間が経過した時点で捜査が開始された。なぜ、直ぐに捜査に乗り出さなかったのか? 海軍のバカげた規定で消息を絶ってから48時間待つというのが規定になっているからだという。
⑤11月22日、包括的核実験禁止条約機構(CTBTO)からサンフアンが通航したと思われる航路で同鑑が交信を断ってから3時間後に爆発音が傍受されたと報告があった。
⑥11月27日、『Canal América24』が11月15日サンフアンから発信されたと思われるメッセージを公開した。メッセージが「SITREP NRO1 SUSJ」で始まっていることから専門家はSITREPというのは何か危険が発生したことを知らせる略語だとした。またSUSJというのは潜水艦サンフアンを略称したものだとした。ということから公開されたメッセージはサンフアンから発信されたものに間違いないとした。その本文は地元紙『
Perfil』でも明らかにされたが、以下の内容であった。「吸排気システムから海水が入りバッテリーが収納されている3番タンクに侵入して、電気ショートからバッテリーが配置されているところで初期的火事を引き起こした。船首のバッテリーは使っていない。分割回路で潜水中だ。乗務員に問題はなし。報告を継続する」という内容であった。これを最後に消息を絶ったのであった。
ARAサンフアンが沈没したことについて、地元紙『
La Nación』が専門家の見解を報じている。
それによると、しけで波の荒れていた中を海面から比較的浅い水面下を進行していたが、荒波で海水がスノーケルの隙間から内部に侵入して船首にあったバッテリーにまで海水が入り爆発したので浮上。それを消火した後、荒波を避けて再び潜水してバッテリーの修理に取り掛かろうとして再び爆発。それ以後、舵の操作機能を失って海底に沈んでいったと推測しているという。
ところが、探索船オーシャン・インフィニティーが撮影した写真について、海洋エンジニアのホルヘ・ボハニックは以下のように指摘している。
「ARAサンフアンは高張力鋼HY80で35ミリの鋼材が使用されており、戦車の口径88ミリの砲弾にも耐える厚みである。ところが、1枚の写真でその高張力鋼が完全に破壊された箇所がある。それはTNT300 トンでもこの破壊度合いは発生しない。即ち、艦内の(バッテリーによる水素ガス発生で生じる)水素爆発や水深による爆発では起きない破壊度だ」
「唯一この度合いの破壊が生じるのは対潜水艦用の機雷あるいは対艦ミサイルによるものだ」
これらの証言について、地元電子紙『kontrainfo』が言及している。
⑦世界から捜査に参加していた調査船がそれぞれ引き上げて最後に残って捜査を続けていたロシアの海洋調査船「ヤンタール」がARAサンフアンが消息を絶ったと思われる地点は当初予測されていた地域よりもさらに沖合だという確信的な情報を掴み、その捜査の延長許可をアルゼンチン政府に申請した。が、それが政府によって却下されたというのである。
⑧2017年12月14日、プーチン大統領とトランプ大統領が電話会談。その中で前者は後者に伝えたのは、英国海軍とチリ海軍がフォークランド諸島近郊の南大西洋上で軍事演習を行っていた際にARAサンフアンを撃沈してしまった」と伝えたのである。チリの対潜哨戒機C-295が搭載した武器によってサンフアンは起爆したことを調査で明らかにしたというのだ。
それがロシアの電子紙『Newsstreet』で明らかにされ、その内容がスペイン語で『La Tribuna de Cartagena』が報じた。
この内容がロシア国防省からチリの海軍に伝えられ、チリ海軍は調査に乗り出した。チリ海軍はそれを既に知っていたかのように、2017年12月13日にチリ海軍から5人の将校が一度に退任したというのである。その理由は公開されていない。
この時点で思い出して欲しいのは、今回の公判でエンリケ・ロペス・マツェオ副提督が証言している中でチリ海軍からサンフアンが沈んでいる地点の報告があり、それに英国が協力すると申し出たこと。そして、⑥の項目の中で専門家の1枚の写真鑑定から「水素爆発や水深による爆発では起きない破壊度」という指摘があるということ。
なぜチリ海軍がサンフアンが沈んでいる地点が分かったのか? 英国海軍がなぜその地点まで辿りつくために協力したいと申し出たのか。また、その為には無人潜水艇の必要だとしたのか? そして、1枚の写真からバッテリーによる爆発では起きない破壊度のあることが指摘されていること……。
チリ海軍、英国海軍、水素爆発や水深による爆発では起きない破壊度…。この3点は余りにも偶然が一致している。
これらのことから、あくまで推論であるが、プーチン大統領が指摘したチリの対潜哨戒機C-295が搭載した武器によってサンフアンは爆破されたという指摘がかなり高い可能性として浮かんで来ているのである。
事件の解明に向けて公判はまだ続く。マクリ前大統領、アグアッ前国防相そして海軍元最高司令官スルル大将の3人の間でこの真相を握っている可能性は十分にある。
11月14日、ARAサンフアンの惨事を偲ぶ3周年式典が一部遺族が出席して催された。政府からは現政権からアグスティン・ロッシ国防相が出席して遺族にこれからも事実を解明して行くことを約束した。遺族の無念のためにも、真相の究明が求められる。
<文/白石和幸>
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営から現在は貿易コンサルタントに転身