1秒につき24コマ!ストップモーションアニメ『ミッシング・リンク』、誰もが驚く映像のすごさを解説する

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 11月13日より『ミッシング・リンク 英国紳士と秘密の相棒』が公開されている。  本作は『コララインとボタンの魔女』(2009)や『パラノーマン ブライス・ホローの謎』(2012)などで知られる、設立から15周年を迎えたアニメーションスタジオ“ライカ”の最新作だ。  ライカ作品は熱狂的な支持者が多い。前作『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』(2016)は日本でもSNSを中心とした口コミで話題を集め、上映館数が限られた中でもロングランのヒットを記録した。今回の『ミッシング・リンク』も米批評家から絶賛されており、第77回ゴールデングローブ賞で最優秀長編アニメーション映画賞を受賞し、第92回アカデミー賞の長編アニメーション部門にノミネートされている。  そして、今回の『ミッシング・リンク』は子どもから大人まで楽しめる内容でありながらも、誰もがその作り手の苦労を思わずにはいられない、その映像のハイクオリティぶりに大人こそが感嘆できる映画であった。具体的な作品の魅力や特徴を記していこう。

作り手の執念が表れた膨大な数字

 ライカ作品の最大の特徴は、“ストップモーションアニメ”であること。それは、人形や小道具を作り、それを少しだけ動かして撮影し、また少しだけ動かして撮影し……という工程をひたすらに繰り返すことで成り立つ表現手法だ。  それだけでも気が遠くなるが、具体的な数字としてもその凄まじさが表れている。例えば、『ミッシング・リンク』では1秒につき24コマの撮影をしており、仮に上映時間が90分としても24×60×90=129600、つまり13万近いコマ数が必要という計算となる。キャラクターの豊かな表情をつくる顔パーツのパターンは累計で何と10万6000通りに及んでおり、そのために3Dプリンティング部門は1週間に2000通りの顔パーツを作っていたという。
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 さらに、精巧なセットの数は110、ショット数は1486と、ライカ作品史上最多を記録した。人形やセットだけでなくCGも合わせて使われており、視覚効果チームが製作したCGの数は531、キャラクターの数だけでも182にもなり、そのデータ容量は1ペタ(100万ギガ)バイトにまでになった。製作年数は、およそ5年である。  その甲斐あって、本作は誰もが映像の凄まじさに圧倒される内容になっている。白眉となるのは中盤の船でのアクションシーン。その舞台を最大限に利用したギミックは、「どうやって撮っているんだ?」と誰もが驚くだろう。その他にも、元が小さい人形であることを忘れさせる迫力のアクション、息を飲むほどに美しい風景といった見せ場がたっぷりと登場する。  目ではっきりとわかること以外でも、作り手は細かいところまでこだわり抜いている。例えば、視覚効果チームは完璧なまでに自然に見えるよう、人形のパーツのつなぎ目を消したり、まぶたのような細かい部分を調整するなどのデジタル加工処理をショットごとに行っている。さらに、主人公の1人である毛むくじゃらの生き物の“呼吸”や“腹部の動き”を可能にするための装置も作られており、その人形の内部は金属部品でいっぱいになっているという。
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 さらに、セットと小道具の縮尺比を工夫し、より大きく、あるいはより小さくつくることで、人形の遠近感に幅を持たせているそうだ。これにより、ヒマラヤ山脈での超ワイドショットの撮影を実現できたのだという。さらに、天井のタイルから木々の葉に至るまで、19世紀イギリスにおける壁紙や織物などのヴィクトリア朝様式の図柄からインスピレーションを得ているそうだ。  とにかく、ライカ作品および『ミッシング・リンク』は、作り手の執念とも言える、血と汗の滲む努力により完成しており、その妥協なき姿勢が、美しく躍動感のある映像の隅々にまで表れているのだ。劇場のスクリーンで観れば、より尋常ではない作りこみがわかることだろう。

『レイダース』や『シャーロック・ホームズ』からの影響

 『ミッシング・リンク』のあらすじを簡単に記しておこう。孤独な探検家のライオネル卿は、伝説の生物を探し求めてアメリカ北西部へと旅立つ。そこで発見したのは、巨体で全身が毛むくじゃらで、人間の言葉を話す“生きた化石”だった。その名はMr.リンク、ひとりぼっちで仲間に会いたいと願う彼と、野心たっぷりのライオネル卿は、地球の裏側にある伝説の谷シャングリラを目指すことになる。  物語を一行で表すのであれば、「凸凹コンビによる世界を股にかけた冒険」だ。ライオネル卿は未確認生物の発見に執念を燃やしているが、実は自己中心的でイヤなやつでもある。一方で、森で暮らしていた謎の生物であるMr.リンクは、素直かつ朗らかで愛くるしい。そんな正反対の2人が交流しながら成長していき、時には力を合わせて危機を乗り越えていく様は存分にエンターテインメント性が高く、まさに子どもから大人まで楽しめるだろう。
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 その楽しさを押し上げているのが、名作のオマージュだ。特に「インディ・ジョーンズ」の第一作目である『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(1981)からの影響が大きく、本作のクリス・バトラー監督はそのアクションシーンの完成度に心を奪われ、「弧を描くような物語の流れ」も意識し、本作の製作に臨んだのだという。  世界の歴史や神話が物語に絡むことや、ロマンスやコメディなど様々なジャンルの要素があること、何より情熱的で風変わりで目的のためならなんでもやるヒーローらしさを持つライオネル卿は、まさにインディ・ジョーンズを体現したキャラクターだ(より性格は悪いが)。  他にもライオネル卿とMr.リンクというコンビの掛け合いは、序盤の舞台がイギリスということもあって、『シャーロック・ホームズ』のホームズとワトソンの関係をも思わせる。また、冒険のスケールの大きさ、鮮やかな色彩は、ジュール・ヴェルヌ原作の映画『八十日間世界一周』(1956)の世界観からの影響のようだ。  何より、前述したように途てつもない手間がかかるストップモーションアニメという手法で、世界を股にかけた冒険を描いたことが称賛に値する。事実、クリス・バトラー監督は「ライカはストップモーションを約100年間束縛してきた限界に興味がない。従来のストップモーション映画は決まって小規模だったが、それにはたくさんの理由があった。人形をセット上で動かすのはとても大変な作業なので、小さな世界でしか物語を伝えられなかったのさ」と語っている。
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 そうなのだ、今までのストップモーションアニメは、それこそライカ作品の『コララインとボタンの魔女』の舞台ほとんどが“家の中”であったように、非常に限定的な範囲での物語になっていることが多かった。それは製作上のコストを考えても必然と言えることなのだが、この『ミッシング・リンク』は果敢にも世界を股にかけた冒険に挑み、やり遂げているのだ。  また、『ミッシング・リンク』は見た目にも明るい場面が多く、内容も『インディ・ジョーンズ』シリーズのような冒険活劇であるため、良い意味で軽快に楽しめる作品だ。その印象と相反するように、これまでのライカ作品よりもさらに手間がかかっているという重さがある。そのストップモーションアニメの限界を超えた作り込みがされた世界の冒険は、贅沢という他ない。
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失った(ミッシングした)ものを見つけていく物語
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