札幌のガイドブックには載らない聖地の数々。河原和音の高校野球マンガ『青空エール』を巡る旅

少女マンガとして描かれた高校野球の世界

河原和音『青空エール』(集英社)

河原和音『青空エール』(集英社)

『青空エール』は河原和音の作品です。「別冊マーガレット」(集英社)で2008年から2015年まで連載されました。掲載誌から、いわゆる少女マンガのジャンルに分類されますが、男性でも楽しく読める作品ですし、少女マンガのジャンルで高校野球を捉えるというアプローチが新鮮でもありました。  単行本は全19巻が刊行されています。物語は、吹奏楽の全国大会である全日本吹奏楽コンクール、通称・普門館(ホールの解体により、2012年から全日本吹奏楽コンクールは名古屋国際会議場センチュリーホールを使用)に幼児期から憧れていたひとりの少女が、吹奏楽部の名門である白翔高校に入学するところから始まります。名門高校の吹奏楽部に入ったたったひとりの初心者としての、彼女の苦闘が始まります。  普門館は東京都杉並区和田堀にある立正佼成会のホールでしたが、1972年の第20回全日本吹奏楽コンクールの会場として初めて使用され、1977年の第25回から2011年の59回大会まで(第53回除く)使用され、「吹奏楽の甲子園」とも呼ばれていました。  白翔高校は高校野球の名門としても知られ、彼女は同級生の野球部員のひとりと知り合います。もちろん彼の夢は甲子園。互いに、夢に向かって頑張っていこうと励ましあう関係になります。 吹奏楽イメージ 野球部の応援には吹奏楽部が応援の演奏をするのが一般的ですから、野球部と吹奏楽部の夢はあるところで一致するわけです。彼女は思い切って告白するのですが、野球一筋の彼に断られてしまいます。  そして、やがて彼らには高校最後の夏がやってきます。この作品は2016年に土屋太鳳、竹内涼真の主演で映画化もされていますが、残念ながらマンガの舞台である札幌でのロケはありませんでした。
映画『青空エール』(2016年)

映画『青空エール』(2016年)

 札幌は、出身・在住のマンガ作家が多い街としても知られています。日本でも有数の好感度の高い街のひとつです。白翔高校のモデルは北海道立白石高校といわれていて、実際に前掲の全日本吹奏楽コンクールでは1990年から1994年まで5年連続で金賞を取っています。野球部は地元では強豪校のひとつですが、残念ながらまだ春・夏を通じて甲子園への出場はありません。

『青空エール』にとって重要な場所、麻生球場・円山球場

球場イメージ 作中には、白石高校の近くにある川下公園らしき公園が登場します。友達と公園で練習をしながらのエピソードです。川上公園という名称になっていますが、白石高校のある白石区民の憩いの空間になっています。  観光ガイドブックには載らない場所が、マンガの中では聖地たりうるのです。野球場、屋内プールなど運動施設も備えた総合公園で、BBQができる公園ということでも知られています。札幌の郊外らしい風景の公園とでもいえるでしょうか。  さて、高校野球の支部予選では麻生球場が登場しています。かつては札幌の中心部の中島公園内に中島球場がありましたが、老朽化が進んだことで代替の球場を作ることになり、北区麻生町に1980年に新球場として竣工されたのが麻生球場です。
札幌市・中島公園

札幌市・中島公園

 これに伴って同年限りで中島球場は閉鎖されました。麻生球場は開場以来、高校野球、大学野球のアマチュア野球の公式戦が行われていて、高校野球では札幌支部予選の開催場所のひとつになっています。ただ北海道大会(夏の予選は南北海道大会)は円山球場で行われます。  ここも余り一般的には知られていませんが、『青空エール』にとっては重要な場所です。甲子園に行くためにはこの支部予選を勝ち抜き、円山球場での道大会を勝ち上がらないとならないのです。  さて、円山球場は円山公園内にあります。札幌の西に位置するこの公園は四季を通じて市民の憩いの場になっています。また隣には北海道神宮があって、初詣客でも賑わいます。また桜の名所としても知られています。
札幌市・円山公園

札幌市・円山公園

 この公園は、京都の円山公園を模したところから名前がついたとのことです。もとは明治初期に開拓使が設置した樹木の試験場でしたが、明治末から大正にかけて公園として整備されました。現在、園内には、動物園、野球場、陸上競技場、庭球場、子供の国などがあります。  その界隈は札幌市民にもっとも人気のある住宅地になっており、さまざまな飲食の名店も多く点在しています。ちなみにフレンチの名店であるモリエールや東京にも進出している宮越珈琲店の本店もこの界隈にあります。バブル期には裏参道に洒落た店が数多く展開したこともありましたが、現在では若者に特化した地域というより、落ち着いた雰囲気を保っています。
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観光ガイドブックには載らない、マンガの中の聖地
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