医者の表情が患者の痛みを変える? AI時代だからこそ考えたい、人が人を診る意味

AI時代だからこそヒトの心が浮き彫りになる

 もし、自身が難しい病に犯されたとき、生存率が50%でも「自分は生き残ることが出来る」という信念を持って治療を受けたいと思うでしょう。生死を心配する必要のない病気でも、なるべく痛みがない治療を望みます。そんなとき、AI診断システムは冷静に生存率を伝え、治療に伴う痛みについて何も言わない、あるいは中立なままでしょう。しかし、人間の医者ならば、こうした中立的な治療情報に対して、患者さんの気持ちを考えることで、共感的に治療することが出来るでしょう。本研究に基づくならば、こうした医者の想いや期待が、表情を含む非言語メッセージを通じて伝わり、患者さんの信念をより強くし、痛みの軽減につながるということが考えられます。  AIが算出してくれるような統計的な情報や科学研究から明らかとなっている真理が、適切な治療や調剤に欠かせないことは言うまでもありません。しかし、ここに治療する側とされる側の想いが介在することで、温かみがあるだけでなく、より効果的な治療経過・経験を辿ることが出来るのではないでしょうか。医療の現場でときに起こる奇跡と呼ばれるような治療効果は、治療の平均的効果から外れる単なる偶発的な現象ではなく、患者さんを取り巻く期待の蓄積が功をなした必然的な結果なのかも知れません。

「人と人」がやり取りする場面ではどこでも当てはまる

 これは、医者と患者との関係だけに限定されません。人と人とがやり取りする場面ならどこでも当てはまるでしょう。目の前の相手がよりよく過ごせるように願う。こうした気持ちを全ての人に常に持つことは難しいかも知れません。しかし、少しでも意識してみる、少しでも人の気持ちに共感してみようとする。こうした心構えが、これからのAI時代に殊に大切になってくるのではないかと考えます。  テクノロジーが進めば進むほど、動物としてのヒトの根源が問われる時代になるのではないでしょうか。 ◆ 清水建二の微表情学第116回 参考文献: Svetieva, Elena and Frank, Mark Gregory, Seeing the Unseen: Evidence for Indirect Recognition of Brief, Concealed Emotion (December 7, 2016). Available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=2882197 or http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.2882197 Chen PA, Cheong JH, Jolly E, et al. Socially transmitted placebo effects. Nature Human Behaviour. 2019 Dec;3(12):1295-1305. DOI: 10.1038/s41562-019-0749-5. <文/清水建二>
株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役・防衛省講師。1982年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でメディア論やコミュニケーション論を学ぶ。学際情報学修士。日本国内にいる数少ない認定FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持している。20歳のときに巻き込まれた狂言誘拐事件をきっかけにウソや人の心の中に関心を持つ。現在、公官庁や企業で研修やコンサルタント活動を精力的に行っている。また、ニュースやバラエティー番組で政治家や芸能人の心理分析をしたり、刑事ドラマ(「科捜研の女 シーズン16・19」)の監修をしたりと、メディア出演の実績も多数ある。著書に『ビジネスに効く 表情のつくり方』(イースト・プレス)、『「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』(フォレスト出版)、『0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』(飛鳥新社)がある。
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