ただ、シエンフエゴス国防相とシナロアの関係は薄い。エル・チャポは一時、シエンフエゴスに接近を試みていたようだが、そのオファーをシエンフエゴスは拒否したそうだ。というのは、シエンフエゴスはエル・チャポのことを嫌悪しているというのが理由だったそうだ。(参照:「
Infobae」)
ただ、これもシエンフエゴスが清廉潔白な男だからというわけではない。ただ単に、彼はカルテル・ベルトゥラン・レイバの為に働いているというのが理由としてあったようだ。ベルトゥラン・レイバは当初シナロアとは仲の良い関係にあった。ところが、2008年1月にエル・チャポは彼の息子イバン・アルチバルドを刑務所から保釈させるというのを条件に警察にベルトゥラン・レイバについての情報を流したからだと見られている。
その報復だとして、同年8月にはエル・チャポの息子エドガー・グスマン・ロペスが 何者かによって暗殺された。勿論、それはベルトゥラン・レイバの兄弟による仕業だと見られている。それ以来、両カルテルの関係は悪化した。
だから、ベルトゥラン・レイバと関係をもっているシエンフエゴスがエル・チャポからのオファーを受けないのは当然のことだったのである。
トランプ敗北でペーニャ・ニエトの立場もより危うくなる!?
シエンフエゴスの逮捕を利用して、ペーニャ・ニエトへの逮捕に結びつけるというプランの今後については、ジャーナリストのドリア・エステベスが10月21日付のメキシコ電子紙『
Sin Embargo』で言及している。
それによると、シエンフエゴスを逮捕するのにDEAはメキシコ政府にそれを一切知らせなかったということなのである。
アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール大統領(アムロ)が米国を訪問した時もトランプ大統領にはシエンフエゴスの捜査については一切知らせなかった、とドリア・エステベスは同紙の中で指摘している。
理由は、米国がメキシコの犯罪に取り組む姿勢をまったく信頼していないからだとしている。しかもメキシコには犯罪を摘発しコントロールする中立的な監査局も存在しない。だから米国は秘密裏に調査を進めて犯罪者当人が知らずに米国を訪問した時に逮捕するという体制で進めているということなのである。
同紙によると、ビセンテ・フォックスが大統領に就任する2000年までは両国で情報を交換があったそうだ。ところが、それ以後、米国からメキシコの関係当局に犯罪者の逮捕を要求してその人物の身柄を米国に送還するように依頼しても、その人物がメキシコ国内で失踪したといったことの繰り返しであったというのである。
実際、筆者が記憶しているのは、エル・チャポを米国に送還させるのも、散々しぶられた挙句、最後はトランプ大統領がその時大統領だったペーニャ・ニエトを、「送還しないのであれば両国の貿易協定を破棄する」と脅した結果、ペーニャ・ニエトが重い腰を上げたという経緯があった。
ということで、先ずは以前のようにメキシコで米国に協力する姿勢が生まれるまで、米国は単独で調査を進めて行くとしているようだ。だからアムロがそれに協力できるまでの体制を築かない限りペーニャ・ニエトの逮捕も難しと米国は考えているようだ。実際、ペーニャ・ニエトは米国が彼とカルテルとの関係を調査しているというのは知っているから米国を訪問することは控えるはずである。
現メキシコ大統領のアムロは、軍隊・警察そして政治家の犯罪を摘発できる体制にする機会が米国からも与えられている。なぜならば、それをしない限り今後もメキシコはカルテルの蔓延る国家から抜け出すことができないからだ。ただ現段階では、仮にペーニャ・ニエトをメキシコで逮捕しても米国に身柄を送還できるような体制になっていない。それをカルテルが邪魔するからである。
アムロはこれまで80年近くメキシコの政権を担って汚職に染まって来た2大政党制度的革命党と国民行動党とは関係のない政治家で3度の挑戦で大統領になった人物だということで気骨のある政治家だとされている。彼も選挙戦での公約としてカルテルと軍人らとの癒着を取り締まる方針を挙げていた。
果たして、ペーニャ・ニエトの命運はどうなっていくのか? トランプが失脚し、アメリカとメキシコの関係に変化が訪れそうな中、注目に値する。
<文/白石和幸>
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営から現在は貿易コンサルタントに転身