IHME(保健指標評価研究所)2020/09/25更新予測
前回までは、統計をもとに過去をみてきました。今回からは未来を予測によってみてゆきます。未来をみる予測は、「預言」とは全く異なるものです。この根本的なところで勘違いをしている、変な人が本邦には多く見られますが、予測はあくまで科学的根拠、特に統計に基づくものです。考え方によっては経験則を一部取り入れた半経験的手法もあります。
ここでは、半経験的予測としてワシントン大学*の
IHME(保健指標評価研究所)による本邦の最新予測をご紹介します。IHMEは、毎週金曜日に予測を更新しています。
〈*コロンビア特別区にある首都ではなく、西海岸のワシントン州シアトル市にある〉
IHMEによる予測は、ホワイトハウス・新型コロナウイルス対策タスクフォースが用いている予測の一つであり、ホワイトハウスにおけるメディア向けブリーフィングでも3月から説明に用いられきているためIHMEによる合衆国の予測は、CNN等で日常的に報じられています。結果、合衆国市民に最もよく知られているものですが、たいへんに優れた予測手法という評価が成されているものの、いろいろと指摘されている弱点や問題点も多々あります。筆者も3月末以来、半年間使ってきましたが、有力な道具であるもののたいへんに癖が強く使用には理解と注意を要すると痛感しています。
近くは、合衆国時間で2020/09/24(木)夜にIHMEが予測を更新し*、すぐにCNN Tonightで報じられました。合衆国は僅かに下方修正で、2020/01/01迄に37万人が死亡するというものでしたが、
本邦については大幅下方修正で、2021/01/01迄に累計9,720人が死亡するというものでした。本邦ではこれまでに超過死亡による補正前で約1,500人のCOVOD-19による公式に死亡が認められており、
東部アジア、大洋州ではワースト4です。しかし、世界最悪の合衆国では、第二波が漸く落ち着いてきた現在でも1日あたり1,000人前後がCOVID-19により死亡しています。
〈*公式には毎週金曜日更新であるので9/25更新となる〉
9/4発表のIHMEによる予測では、2021/01/01迄に12万人が本邦では死亡するという予測でしたので、三週間で1/12への下方修正となります。勿論、下方修正しても超過死亡修正前の累計で年内に約1万人が死亡し、約27万人が感染し、その多くが後遺障害で苦しむことになるのですから、甘く見ることは全くできませんが、この予測が正しければ本邦社会は当面持ちこたえることができるでしょう。これは、暗い話題の多い中、多少は明るい話題だなと筆者は考えています。
それではIHMEによる2020/9/25更新の予測を見ていきましょう。
IHMEによる予測は、基本的にはCOVID-19による死亡統計、感染者数統計をもとにSEIRモデル(感染症数理モデル)を基本とし、IHMEにより独自に拡張した手法で行われています。
この中でIHMEは、次の三つのシナリオを設定しています。
1)現状維持 死亡率8ppmで公的介入再開
2)何もしない。何が起きても公的介入は無い
3)全員マスク。現状維持モデルに加え95%以上の人が外出時マスクを着用する
本邦の場合、既に86%のマスク着用率とIHMEにより評価されており、全員マスクシナリオと現状維持シナリオの差は一週間程度の公的介入=ロックダウンの発動遅延効果にくわえ、僅かに犠牲が減少するに留まります。一方で合衆国の場合、マスク着用率が47%と評価されており、全員マスクの効果は抜群であろうと予測されています。例えば、2021/01/01迄に41万人の死亡という予測が公開されたとき、あと半分の合衆国市民がマスクを着用すれば、12万人が死なずに済む(全員マスクだと29万人死亡)という効果が着目され「
僅かな我慢で12万人の同胞の命が助かる。マスク着用こそ愛国者の行動だ。」と再三再四呼びかけられていました。
このことは、本邦が既に世界的にも抜群に高いマスク着用率であり、抜群な効果をこれまでに享受してきていることを意味しています。
現状維持シナリオは、現時点の既に社会的距離に関する介入が解除された状態を示しますが、1日の死亡率が8ppm(百万人に8人)に達した時点でロックダウンなどの介入が再開されます。
何もしないシナリオ(緩和シナリオ)では、介入は一切行われません。何十万人死んでも介入は行われないというもの凄い想定です。4月に話題となった
西浦博博士による「
最悪の場合42万人死亡」という予測がこれに該当します。当時既に緊急事態宣言による介入が行われていましたので、今になって振り返ればさすがに件の報道はミスリーディングであったことは否めません。介入シナリオの予測を筆頭に報じられねばなりませんでした。
IHMEによる日本の全期間2021/01/01迄の実績と長期予測(2020/09/25更新)
上から累計死者数、日毎死者数、推定日毎感染者数
実線が実績 赤破線が何もしない場合=現状維持(紫破線)、緑破線は全員マスク
死亡率8ppmに達しないため、年内には介入は行われないが、最大値となるのは年明け1月から2月であり、収束は3月から4月頃と思われる
出典:IHME
IHMEによる日本の全期間2021/01/01迄の実績と長期予測(2020/09/25更新)
上からICU(集中治療室)需要、マスク着用率、社会的距離
実線が実績 破線が現状維持シナリオで何もしない場合のシナリオと同一
ICU需要シナリオの横緑線は現状のICUベッド数
ICUは、12月半ばに需要を満たせなくなる
出典:IHME
2020/09/25更新のIHMEによる予測では、
2021/01/01までに累計で約1万人が死亡し、病院も一般病棟には十分余裕があるとされますが、
ICU(集中治療室)は12月半ばまでにはパンクしてしまうとされます。ICUが溢れてしまえば病名を問わず多くの治療を要する重症の人たちが処置不能となり亡くなりますし、通常の手術なども不可能となりますので、この状態は俗に言う「
医療崩壊」を意味します。
一方でまだ
二ヶ月の準備期間がありますので
仮設隔離病棟や仮設ICUの設置などで十分に備える時間があります。武漢市や米欧で多くの犠牲を出したのは、準備をする時間がないまま突然医療への過大な圧力が加わったためで、普通の国ならば現時点でまだ
十分な対応時間があると言えます。なお、欧州など春にたいへんな目にあった国は、当時整備した仮設病院を秋の波に備えて維持しており、BBCが報じるところによれば既に再開の準備に入っているとのことです。
COVID-19による年末までの1万人の死亡は、当人とその周辺者にはたいへんな悲劇ですが、社会全体としては、準備をしておくことで十分に耐えられる数字と言えます。