グローバル資本主義が招く災厄と、行き着く4つの未来像。〈コモン〉を重視する社会への転換を<『人新世の「資本論」』著者・斎藤幸平氏>

グローバル資本主義が導く4つの未来

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グルーバル資本主義が引き起こしたコロナ禍

―― 斎藤さんは新著『人新世の「資本論」』(集英社新書)で、新型コロナウイルスの感染拡大は「人新世」(ひとしんせい)の帰結だと指摘しています。そもそも「人新世」とは何でしょうか。 斎藤幸平氏(以下、斎藤):  人新世とは地質学の新しい時代区分として提唱されているものですが、近年、人文学や社会科学を含めた、様々な分野で注目を集めています。一見難しそうな言葉なのですが、意味するところは非常に単純で、地球の最新の地層は、人間の経済活動の痕跡が堆積したものだということです。  実際、地球は人の手で大きく変えられています。地表はビルや工場、道路、農地、ダム、ゴミ捨て場などで埋め尽くされ、海洋にはプラスチックが大量に浮遊し、大気には二酸化炭素が増加している。  要するに、人新世とは、手つかずの自然はもはや残っていない時代のことなのです。それは同時に、人類が地球規模での開発によって、地球全体に前代未聞のダメージを与えるようになった時代を指します。  新型コロナウイルスの感染拡大はこうした、「人新世」の矛盾が、顕在化したものです。言い換えれば、パンデミックは、グローバル資本主義の産物です。  例えば、グローバル・アグリビジネスは大規模農場経営を行うため、次々に森林を伐採しています。その際、自然の奥深くまで入っていけば、当然、未知のウイルスと接触する機会は増えていく。しかし、人の手で切り開かれたモノカルチャー経済は、自然の複雑な生態系とは異なり、ウイルスの抑制ができません。グローバル経済の人とモノの流れに、そのウイルスが乗っかれば、瞬く間にパンデミックに発展してしまうのです。このパンデミックは、拡張を続ける人間の経済活動抜きには考えられないのです。  さらに、気候変動の原因も、無限の利潤獲得と成長をめざす資本主義です。グローバル資本主義は、大量の化石燃料を用いることなしには不可能だからです。  しかも、気候変動による被害は、コロナ禍よりもはるかに甚大になると予測されています。たとえば、平均気温が2℃上昇すれば、サンゴが99%死滅すると言われていますが、そうなれば、漁業に大きな被害が出るでしょう。降雨パターンも変化し、干ばつや洪水によって農業が立ち行かなくなる地域も出てくる。当然、台風やハリケーンの巨大化は各地に大打撃を与えることになります。また、グリーンランドや南極などの氷が溶けて海面上昇が起これば、東京の江東区や墨田区などが、高潮で冠水するようになると言われています。世界では、食糧危機や海面上昇によって、億単位で移住を迫られる人が出てくると予測されています。  新型コロナウイルスの場合は、ワクチンが開発されれば、ひとまず感染拡大を食い止められます。一方、気候変動にワクチンはありません。そのため、「気候変動と比べればコロナ禍はささやかなものだった」と言われる日が来たとしてもおかしくないのです。

グルーバル資本主義の暴走を止められなかったら……

―― コロナ禍が続き、気候変動が止められなかった場合、社会はどうなっていくのでしょうか。 斎藤: 下図は気候危機が避けられなかった場合に、予想される未来を分類したものですが、同じ分類はコロナ対応にもあてはまります。(縦軸は権力の強さ、横軸は平等性)。
気候危機が避けられなかった場合に、予想される未来

気候危機が避けられなかった場合に、予想される未来

 まず、①気候ファシズムは、経済活動を最優先し、超富裕層だけが特権的な恩恵を独占する社会です。コロナ禍でいえば、感染抑制の行動制限を行わず、貧困層など社会的弱者がどうなろうと、それは自己責任だと突き放す。リモートワークで自己防衛でき、高額の医療費を支払える富裕層だけが救われれば良いという発想です。アメリカやブラジルは①に分類できるでしょう。現在の日本もこれに近づいています。  それに対して、①よりも平等性の強い、③気候毛沢東主義は、コロナ禍でいえば中国や欧州諸国の対応に近いものです。つまり、国家権力を強力に発動することで、全国民の健康を重視する一方、ウイルス抑制を理由に、移動や集会の自由などを制限する。ただ、これは香港やハンガリーで顕著なように、政府への抗議活動を抑圧するための名目として悪用され、民主主義を危機に陥れています。  しかし、①や③の国家がコロナ禍や気候変動に対応できるという保証はどこにもありません。実際、安倍政権も、コロナ禍の二転三転する対応を批判され、退陣に追い込まれてしまいました。もし、このような統治に失敗した状態で、感染爆発が生じれば、人々は自分の身を守ろうと必死になり、社会は②野蛮状態に転落し、「万人の万人に対する闘争」が始まるでしょう。  これは、決して誇張ではありません。日本でも、スーパーや薬局の買い溜めが生じ、店員に詰め寄る大勢の客がいました。アメリカでは、銃の売れ行きが伸び、ミシガン州では、ロックダウンに抗議する武装市民が州議会に押し寄せる騒動が起きました。さらに、危機が深まれば、生活をかけた闘争・競争はさらに増すでしょう。つまり、①の自己責任型競争社会は、秩序なき野蛮状態へと一気に転落していくのです。  これは避けたい。だから、私たちが目指すべきは④脱成長コミュニズムです。強い国家に依存せず、人々が民主的な相互扶助の実践を展開する。コロナや気候変動を、奪い合う社会から分かち合う社会への転換点にすべきなのです。その際には、経済成長を追求することをやめ、公正で持続可能な社会を実現する。これが私たちの進むべき道です。
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エッセンシャルワーカーの重要性、ブルシットジョブの有害さ
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月刊日本2020年10月号

【総力特集】「安倍・亜流」菅政権の正体