沖縄にとって悪夢の政権が始まった<沖縄タイムス編集委員・阿部岳氏>

マスクもせずに視察する官房長官時代の菅氏御一行

3月29日、新型コロナウイルスの影響で観光客が減少した国際通りをマスクもせずに視察する官房長官時代の菅氏御一行(時事通信社)

沖縄に酷薄で無関心な長期政権

―― 沖縄にとって安倍長期政権はどのような政権でしたか。 阿部岳氏(以下、阿部): 安倍政権は沖縄に対して一貫して酷薄で、無関心でした。安倍首相は沖縄に米軍基地を集中させ、差別構造を強化してきた張本人なのに、沖縄について自分の言葉で語ることはありませんでした。そこに沖縄の人たちを説得しようという熱意はなく、ただ淡々と民意を踏みにじっているだけでした。沖縄のことを知ろうという姿勢さえ見られませんでした。  それを象徴しているのが、第二次安倍政権が発足して半年も経たない4月28日に、政府主催の主権回復記念式典を開催したことです。確かに4月28日はサンフランシスコ講和条約の発効によって日本の主権が回復した日ですが、沖縄はそのまま米軍の占領下に置かれることになりました。この日は沖縄にとって日本から切り捨てられた日なのです。おそらく安倍首相はこのことが全く頭になかったのだと思います。  また、同年11月に当時の石破茂自民党幹事長が沖縄関係の自民党国会議員たちをカメラの前に並べ、辺野古新基地建設容認を表明させましたが、あの記者会見も忘れることはできません。あの場にいた議員たちの中には、平気な顔をしている人もいましたが、うなだれている人もいました。沖縄の民意を力で組み伏せ、それを見せつける。あの会見は「平成の琉球処分」とも呼ばれており、沖縄の人たちはみな強烈に覚えているはずです。 ―― RBC琉球放送が安倍総理辞任に関する沖縄県内の反応を報じていましたが、ある女性が「こんなに長い間この人にさせて、沖縄を馬鹿にして」と怒りの声をあげていたのが印象的でした。他方、いわゆる本土では安倍総理を労うムードが広がっています。 阿部:「総理、お疲れ様でした」というムードは沖縄では考えられません。安倍首相の辞任を受けて週末に行われた全国緊急世論調査では、内閣支持率が20ポイントも跳ね上がりましたが、本当に信じられません。  私も本土出身ですから、本土の人間の一人として言いますが、日本は亡くなったり病気で辞めた人に対して非常に甘いところがあると思います。戦争犯罪人の処罰についてもそうですし、戦没者に対してもそうです。もちろん戦争で犠牲になったことは大変残念なことですが、亡くなった人たちの中には加害者もいたはずです。被害者が同時に加害者であることも決して珍しいことではありません。しかし、戦後の日本は、亡くなったからということで戦争犯罪をきちんと追及せず、蓋をしてきた。それが戦後75年の歴史だったと思います。  私たちは同じ過ちを繰り返してはなりません。安倍首相が病気で辞めたかどうかに関係なく、安倍政権の責任を厳しく追及しなければなりません。

沖縄差別で利益を得る本土

―― 安倍政権の沖縄への差別的姿勢は、安倍政権だけの問題ではなく、本土の問題でもあります。本土の中に沖縄への差別感情があるから、それが安倍政権の姿勢に反映されたのだと思います。 阿部:そうですね。安倍政権がここまで沖縄の民意を踏みにじることができたのは、選挙で勝ち続けてきたからです。安倍政権は沖縄の国政選挙では負けが込んでいますが、全国では連戦連勝です。もし本土の有権者たちが安倍政権の沖縄への対応を問題だと考えていれば、ここまで信任を与えることはなかったはずです。  もともと本土には沖縄への差別感情が根深く存在します。1903年に大阪で開催された内国勧業博覧会では、沖縄の人たちが「展示」され、見世物にされるという事件が起こっています。いわゆる人類館事件です。沖縄と本土の言葉や生活習慣などが違ったことが、差別のきっかけになったのだと思います。  しかし、これはあくまできっかけであって、沖縄差別が今日まで長く続いてきた背景には、沖縄を差別することによって本土の人たちが利益を得ているという事実があると思います。沖縄に基地を押しつければ、本土の人たちは自分たちが基地を負担せずに済みます。それは本土にとって大変な利益です。だから沖縄差別をなくすのは難しいわけですが、だからこそなくさなければならないと思います。 ―― マスコミやアカデミズムの世界にも沖縄差別が見られます。先日アメリカのシンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」が発表した報告書には、中国政府が沖縄の新聞に資金を提供し、影響力を及ぼしているという誤った記述がありました。これは慶応大の細谷雄一教授の発言として引用されたものです。 阿部:CSISの報告書については、沖縄タイムス紙上でも取り上げました。私たちが細谷氏に取材したところ、細谷氏は自分の真意がCSISにきちんと伝わっていないと考えていたそうで、すぐにCSISに修正を求めています。その後、CSISも修正に応じ、記述を撤回しています。  私たちがCSISのデマに即座に対応したのは、過去に産経新聞の誤報にすぐに対応せず、失敗した経験があるからです。  この誤報は2017年末に沖縄自動車道で起きた多重事故に関するものです。産経新聞はこのとき沖縄の海兵隊員が日本人運転手を救出し、事故にあったと伝え、このことを報じない沖縄2紙は「報道機関を名乗る資格はない。日本人として恥だ」と批判していました。  しかし、私たちは事故後に県警に取材し、海兵隊員が日本人運転手を救出した事実は確認できないというコメントを得ていました。また、産経の記者が県警に取材せずに記事を書いたことも把握していました。  私たちはすぐに産経に反論することもできましたが、事故にあった米兵が意識不明に陥っている中で、「米兵による救助はなかった」と報じれば、ただでさえ大変な状況にあるご本人や家族を傷つけるのではないかと二の足を踏みました。そうしているうちに琉球新報が産経新聞に反論する記事を書いたのは立派な報道でした。沖縄タイムスの私たちもすぐに追いかけました。  いちいちデマを相手にするのはバカバカしいですし、面倒くさいのですが、デマを放っておくとどんどん拡散し、差別の燃料になってしまいます。そのため、デマは気づいた段階で一つ一つ否定していくことが重要だと考えています。
次のページ
沖縄にとって「菅政権」はどういう存在になるのか?
1
2


月刊日本2020年10月号

【総力特集】「安倍・亜流」菅政権の正体