――本作では、安冨さんが前半と後半で、確かに変わっていっていると感じます。
安冨さんを追っていくと、自分の原点に戻るというか、なぜ自分がこういうことをやっているか、その根底にはどのようなできごとがあったかに立ち返る感じがあることに気づきました。
登場人物の内面を描くという建前のもと、過去を探っていくことはドキュメンタリーの基本ではあります。なぜこの現在が生まれたか、過去にさかのぼって探究し、そして未来へどういう生き方を求めているかを探る。ただ今回は、被写体となる人物の原体験を探究する気はありませんでした。メインの撮影期間は選挙の期間と重なるので、17日しかありませんでしたし、そのように限られた中で原点をさかのぼるのはまず無理なので、先ほど申し上げたように、候補者の発する言葉を撮ろうと考えたんです。
(C)風狂映画舎
ただ、編集の段階で気が付くんですけど、前半と後半を比べると、明らかに安冨さんが変わっていることがわかりました。前半は安冨さんがいろんな言葉を口にしますが、どこかぎこちないところがある。ところが後半、特に開票日の2、3日くらい前から、一気に安冨さんの言葉が濃くなっていく。質的な変化があると感じるんです。不思議なことに、安冨さんは自分の原点に戻るようなことを一切したくないと言っていたんですけど、最後に自身の故郷である大阪で、演説をひとりでやると発案したのは安冨さん本人なんです。れいわ新選組としては、全員東京に集合するという前提だったんですけど、安富さんは大阪を選んだ。そして、堺市における演説で、安冨さんは号泣した。話の内容は、自分のふるさとが破壊されたというものですが、その奥には、安冨さんの両親の存在があると感じるんですよ。
安冨さん自身も、過去のインタビューでご両親と絶縁されたことについて語られていますが、お父さんもお母さんも、いわゆるエリート主義者で、ひたすら立派になれといって安冨さんを育ててきた。それは世間的に何か大きなことを成し遂げて、褒めてくれて終わりじゃなく、大きな課題を解決すれば、その次にまた大きな課題がのしかかる。そのループは終わることはなく、それは安冨さんにとっては心の重荷だったんだなと。自分でも不思議だったんですけど、ドキュメンタリーには撮られる人に、自分の原点を探究させるような力がなぜかある。17日間の撮られる過程で、安冨さんが自分を問い詰めていった。
――参議院選挙におけるれいわ新選組の大きな功績としては、障害を持った舩後靖彦氏、木村英子氏を国政の場に送り出したことにあります。振り返ると、(障害者運動を追った)『さようならCP』の頃は、障害を持たれた方が日常に出てくることがほぼなかったと原監督は語られておりますが、ここでも大きく、歴史が動いたと感じます。
(C)風狂映画舎
『さようならCP』の撮影は1971年でしたけど、あの頃は町の中で障害者を見かけるような機会は皆無でした。私はもともと障害児の問題に興味があって、映画を作る前から養護学校で働いていたのですが、生徒たちが町に出るようなことはなかったので、「外に出よう」とアジテーションしたことをよく覚えています。なぜ彼らが外へ出ないのかというと、出ると大変だからですね。一人ではうまく動き回れないので、結局諦めてしまう。でも、駅に行って、駅員さんに電車のドアまで連れて行ってくれないかとか、道行く人に階段を上るのを手伝ってくれないかと言えば、絶対に手伝ってくれるからと、説得してやらせたことがあります。障害者に関わらず、誰でも人の手を借りるときはありますし、恥ずかしいことではまったくないのだと。翻って今回の選挙戦では、障害者の人が町へ出て、選挙の応援演説を聞きに来るし、立候補もする。世の中はこれだけ変わったんだと思います。
――その根底には、何があると思いますか。
障害者の方たちが、自分たちも存在しているんだ、こんなことで苦しんでいるのだと主張すれば、知らなかった一般の人たちが認めて受け入れるようになる。『さようならCP』の横田弘さんのように、先人たちがそうした運動を積み重ねてきて、社会の意識を変えたことにあると思います。
――安冨さんの言葉で、「コンピュータの時代には、人間は寝て食べて走ってうんこするだけで素晴らしい」というものがありましたが、それに感じ入りました。何かができることじゃなくて、いることに価値がある。
それってものすごい転換ですよね。今の社会は「仕事ができる人は価値がある、仕事ができない人は価値がない」という暗黙の了解がある。障害者の方には障害者手帳が交付されますが、その中に等級というのがあって、それは労働の観点から決められるんです。たとえば、足の麻痺がある人と手の麻痺がある人を比べると、手が使える方が労働においては役に立つじゃないですか。その意味で手の麻痺の方が、より重度の障害であるとされる。人間の身体状況が、ひとつの価値観によって階級づけられているのが障害者問題の本質であって、障害者手帳はその象徴なんです。安冨さんの考えは、日本社会が持っている根本的な価値観に対する問いかけになるんですよね。とてつもなく本質的なことを安冨さんは言っている。
――上映時間について。以前原監督は、「適切な上映時間」というものが存在するのかを問いかける文章を書かれています。『ニッポン国』の3時間半に続いて、本作も4時間という上映時間で、通常の劇映画と比べれば確かに長いですね。
昨年の東京国際映画祭の時に、知人から「面白かった。だけど2時間だったらもっと面白くなったのに」と言われたんですよ。これを2時間に凝縮すれば、その技術力は際立つだろうと。それは映画監督としての評価を高めることになるとは思うんです。しかし、私は『れいわ一揆』を作るときに、そうした功名心はありませんでした。今回撮影していて、数々の言葉に本当に刺激を受けたので、できるだけたくさんの言葉を生かしたいと思ったんです。2時間に縮めることは、私がいいなと思った言葉を捨てることを意味しますから。編集マンと編集しながら時間を縮めていって、4時間になった時に、お互いにもうこれ以上切りたくない、だからこのままでいこうと合意しました。安冨さんだけじゃなくて他の候補者も全員撮ろうと思ってましたから。そうすると長くなるのが当たり前なんです。
ちなみに、私の次回作『水俣曼荼羅』も6時間の作品となりました。その尺も、もちろん必然性にのっとったものではありますので、期待していただければと思います。
インタビュー後編も近日公開予定。
<取材・文/若林良>
<撮影/八杉和興>
1990年生まれ。映画批評/ライター。ドキュメンタリーマガジン「neoneo」編集委員。「DANRO」「週刊現代」「週刊朝日」「ヱクリヲ」「STUDIO VOICE」などに執筆。批評やクリエイターへのインタビューを中心に行うかたわら、東京ドキュメンタリー映画祭の運営にも参画する。