ところで、本作で頻繁に登場するスケートボードのシーンを見て思い出したのが、先日NHKで放送されていたキャロル・ディーサインガー監督「
スケボーが私を変えるアフガニスタン 少女たちの挑戦」 だった。今年のアカデミー賞短編ドキュメンタリー賞の受賞作品でもある。
タリバン政権による女性抑圧政策により、徹底的な行動制限を受けた時代の負の記憶を払拭させるため、貧しい少女達にスケートボードのレッスンを通して勇気を授ける様子が描かれる。
キアーやザック、そしてビン監督と同じように、スケートボードを通して「世界」をコントロールすることを覚えた少女たちは、明日を自分の力で変えることができると知り、大学進学やその先にある教師となる夢を語り始める。
© 2018 Minding the Gap LLC. All Rights Reserved.
暴力を受けた者や凄惨な光景を目にした者は、心が萎縮してしまう。ビン監督は「
たくさんのアザ、骨折、苦労してできるようになった技の数々を経て、自分の痛みに対してのコントロール感覚を取り戻した」と語っているが、心の萎縮は体を使うことでしか解くことができないのかもしれない。
本作『生き止まりの世界に生まれて』の英訳は「
Minding the gap」。
ビン・リュー監督は、1989年に中国で生まれ、アラバマ、カリフォルニア、ロックフォードに母と共に移り住む。義父によるDVに悩みながら10代からスケートボードビデオ製作を開始。
フリーランスの撮影助手として働きながら、イリノイ大学文学部を極めて優秀な成績で卒業し、30歳にしてデビュー作の本作が国内外59の章を受賞。アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞、エミー賞にノミネートされ、オバマ元大統領が2018年の「今年の映画ベスト10」に選んだドキュメンタリーとしても話題に。現在、才能あるドキュメンタリー監督として脚光を浴びているリュー監督もまさに様々な「ギャップ=段差」を乗り越えて来た者と言えるだろう。
今この瞬間にも、スケボー少年3人組と同様の過酷な状況に置かれた若者たちはいる。
彼ら彼女らの置かれている状況と平和で豊かな環境とのギャップは埋めがたいものであろう。
では、彼ら彼女らがそのギャップを埋めようとする時に必要なものは何か。
それは奇しくも、アフガニスタンの少女たち、イリノイ州ロックフォードの少年たちにとってはスケートボードだった。
スケートボードで培った、自分の力で「世界」をコントロールできるという意識が彼ら彼女らを強くしたのだ。
作品を観終わって感じたのは、彼ら彼女らと同じ境遇にある若者にとっての「スケートボード」は、本作『行き止まりの世界に生まれて』になるかもしれないということである。そして、それは「
同じようなことで苦労している若い人々がこの作品を見て勇気をもらい、状況を切り抜けて欲しい」と語るビン監督の願いでもあるのだ。
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作品の最後、彼ら彼女らのギャップを乗り越えた先が映し出される。軽快にスケートボードに乗る彼らの姿の合間にそれぞれの近況が流れる希望のあるラストだ。
ニナは叔母夫婦の家を出て部屋を借り、高校のスクールカウンセラーを目指して勉強を開始。ザックは屋根職人の責任者となり、ニナに養育費を払う。キアーはロックフォードを出てデンバーに就職、スケートボードのスポンサーが2社に。ビンの母親は再婚し、ビンとケントが結婚式でエスコート役を務めた。
そして、他ならぬビン監督自身は、この作品でオスカーにノミネートされ、受賞会場にキアーとザックと共に現れた 。タキシードを着てスケートボードに乗る3人の姿は実に爽やかだ。
これからも彼らの前には何らかのギャップが立ちはだかるだろう。それでも、スケートボードで培った「世界」をコントロールできるという自信が彼らにその壁を乗り越えさせるに違いない。
彼らの段差を乗り越える強さをぜひ、劇場で確認して欲しい。
<文/熊野雅恵>
くまのまさえ ライター、クリエイターズサポート行政書士法務事務所・代表行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、自主映画の宣伝や書籍の企画にも関わる。