コロナ禍で浮き彫りになった医療・福祉・物流の重要性。これらの仕事はなぜ低賃金のままなのか?

資本主義が依拠する主婦の「労働」

 このような視点はフェミニズムの一潮流、エコフェミニズムが浮かび上がらせたフレームから現今の状況を捉えてみたものだ。エコフェミニズムとはたとえばドイツのフェミニスト理論家、マリア・ミースやクラウディア・フォン・ヴェールホフといった人々が1970年代後半以降に展開した論だ。フェミニズムの波で言えば第二波ということになろうか。  この理論は、たとえば世界システム論のイマニュエル・ウォーラーステインや、そしてポーランドの思想家・革命家であったローザ・ルクセンブルク、彼女による資本の「本源的継続的蓄積過程」という考え方に大きな影響を受けている。  ヴェールホフの主張は、たとえば足立眞理子・お茶の水女子大名誉教授によれば、「『労働』および『生産』の概念が、その最も広い意味において、賃労働と工場生産に限定されることなく理解されるような過程」(「ローザ・ルクセンブルク再審」『思想』2019年第12号)である。一般的に「労働」というと、会社や工場などに勤めることを想定する。だが、実はそうではないというのだ。  家父長制と資本主義が連続しており、主婦が行ってきたような「労働」を基礎に、男の家長が賃金労働者となる。家長が行う賃金労働の下位に位置付けられるのが主婦の家事労働であり、いわば女性の膨大な未払い労働の上に資本主義が成り立っているというわけだ。ヴェールホフによれば、「基本的に、賃労働ではなくて家事労働が資本主義における労働の『ひな型』である」(『世界システムと女性』藤原書店)という。「女性」「自然」「植民地」の収奪のされ方が類似しているとの指摘もある。主婦の労働はそれこそ多様なものなのに、それは生産的な労働とみなされない。  そして、資本主義社会がこのシステムを基盤として作られていったのちに現れた、現在に至る新自由主義的な社会が作られていく過程で、賃労働に従事していた男性労働者も「主婦」のようになっていく。主婦による未払いの労働が男の賃金労働者、ひいては資本主義の勃興と発展を支えたように、保護されない、従属的で不安定な労働者、としていわば「主婦」となっていく。これをマリア・ミースによれば「主婦化」という。  資本主義が勃興する中で多数のプロレタリアが生まれたように、新自由主義が社会を覆う中で、男女を問わず人々が「主婦」のようになっていったのである。不安定で低待遇のうちに、家事をするように下働きをし、母親である主婦がそれを家庭内で求められたように、笑顔や愛情を与えケア労働を行わねばならない。マルチタスクである。

コロナ禍で浮き彫りになったエッセンシャルワークの重要性

 コロナ禍のなかで浮かび上がったのは、家事や育児に関する主婦の膨大な未払い労働が資本主義の勃興を支えたように、不安定なエッセンシャルワーカーの労働がこれまでの経済を下支えし、現在の世界を支えているということだ。  経済的、社会的には上層を占める、コンサルティングや指令を下すばかりの、ハイクラスな職業について述べたデビッド・グレーバーの「ブルシット・ジョブ」論が話題を呼んでいるが、エコ・フェミニズムの、経済の外部に位置付けられる、膨大な未払いの労働を抱え、かつ地位の低い「労働」をこなす「主婦」をめぐる問題意識は、ブルシット・ジョブ論と対をなしていると言えるだろう。  たとえ医療関係者でなくとも、投資家や経営者ではなくて、コンビニやらスーパーやら物流やらで働くフリーター、パートといった非正規労働者が世界を維持する最前線にいる、というのを思い知らされたのがコロナ禍だ。 <文/福田慶太>
フリーの編集・ライター。編集した書籍に『夢みる名古屋』(現代書館)、『乙女たちが愛した抒情画家 蕗谷虹児』(新評論)、『α崩壊 現代アートはいかに原爆の記憶を表現しうるか』(現代書館)、『原子力都市』(以文社)などがある。
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