PCR検査を阻む「感染症利権」と安倍総理の政策センスのなさ<『ドキュメント感染症利権』著者・山岡淳一郎氏>

レムデシビルという「政治銘柄」

―― 新型コロナを抑えるためには、抗ウイルス薬やワクチンも重要になります。日本で最初に抗ウイルス薬として特例承認されたのは、アメリカの製薬大手ギリアド・サイエンシズ社が開発した「レムデシビル」でした。 山岡:レムデシビルはギリアド・サイエンシズ社がエボラ出血熱を対象に開発を進めた静注薬(点滴)です。重症化した患者に効くと言われていますが、臨床実験では肝機能障害や腎機能障害、下痢などの頻度が高く、重篤な多臓器不全や急性腎障害といった副作用も報告されています。まだアメリカ本国ではいかなる疾病の治療にも適用されておらず、ギリアド社も自身のホームページで、レムデシビルに関連して行っている試験や臨床試験で良好な結果が得られない可能性があることを明らかにしています(5月8日時点)。  それでは、なぜレムデシビルは他の治療薬候補を差し置いて、真っ先に特例承認されたのか。それはギリアド社がアメリカ有数の「政治銘柄」であることが関わっていると思います。ギリアド社はアメリカの政治家たちに深く食い込んでおり、中でもジョージ・W・ブッシュ政権で国防大臣を務めたドナルド・ラムズフェルドは同社の会長を務めています。   ギリアド社はこの政治力を利用し、高額の薬を売りさばいてきました。実は日本もギリアド社のお得意先です。小泉政権時代に日本が大量に輸入した抗インフルエンザ薬タミフルは、ギリアド社が特許権を持つ薬なのです。  日本はラムズフェルドが国防大臣に就任した2001年に、タミフルを保険適用にしています。折しもアメリカは「年次改革要望書」を日本に突きつけ、アメリカの医薬品を日本の薬価制度で縛らず、言い値の薬価を設定することや、他国で承認された医薬品をすぐに承認することなどを求めていました。  2003年末以降、アジア各地で高病原性鳥インフルエンザが発生すると、日本はタミフルの備蓄に走ります。2004年8月には小泉政権は国と都道府県で計1000万人分を国家備蓄する方針を固めています。一定量は流通備蓄薬とし、インフルエンザの流行状況に応じて市場に出すことにしたのです。  その結果、日本は世界一タミフルを使う国になりました。2005年のFDA(米国食品医薬品局)の小児諮問委員会への報告によれば、日本はタミフルの全世界使用量の75%を占めていました。日本はタミフル浸けにされたわけです。  その後もギリアド社は日本にどんどん薬を売り込んできています。今度のレムデシビルもその流れの中で出てきたということを見落としてはならないと思います。

PCRが増えない元凶は安倍総理

―― 今年の秋から冬に新型コロナの第二波が来ると言われています。PCR検査の拡充が急務です。どうすれば検査を増やせるでしょうか。 山岡:最初に述べたように、厚労省中心の枠組みはキャパシティをオーバーしています。保健所や地方衛生研究所のマンパワー、資金の増強とともに、文科省を含め、他の省庁の協力を仰ぐ必要があるでしょう。  その際には防衛省や自衛隊との協力も検討すべきです。自衛隊中央病院はダイヤモンド・プリンセス号の乗客など、200人を超える新型コロナの患者を受け入れましたが、院内感染を起こしていません。彼らは普段から感染症患者の受け入れ訓練などを行っており、ゾーニングをはじめ感染防御も徹底しています。何より医療資源に余裕がある。自衛隊中央病院の病床数は500床ですが、いざとなれば倍に増やせる。無症状の感染者を収容する施設の建設や運用にも人を出せるのではないか。  感染症と対峙する上では軍隊組織のような秩序が必要です。そこから考えると、自衛隊の果たせる役割は多いと思います。  とはいえ、厚労官僚たちに文科省や防衛省と話をつけろと言っても、それは無茶というものです。省庁間をつなぐのは政治家の役割です。政治が動けば、PCR検査を拡充することは難しいことではないのです。 ―― 安倍総理はPCR検査を増やすと明言していますが、一向に増える気配がありません。官僚たちが総理の意向を忖度してくれる様子も見られません。 山岡:安倍総理は口で増やすと言っているだけで、具体的なアイディアが伴っていません。自分が言えば官僚が忖度して動いてくれると思っているなら、それは間違いです。たとえば文科省や防衛省と協力しろと具体的に指示を出さなければ、官僚は動きません。いまのやり方では国は動かせないのです。安倍総理に政策を理解し、ツボを押さえる能力がないから、PCR検査を増やせないのです。  先日、PCR検査の大幅拡充に取り組んでいる世田谷区の保坂展人区長が日本記者クラブで会見を開き、いま政界に野中広務さんや亀井静香さんがいたら、国民の命を最優先で守るという政治の原点を踏まえ、もっと早くPCR検査の拡充に取り組んでいただろうと述べていました。私も全くその通りだと思います。  文科省と厚労省の間に縄張り争いがあるのは、ある意味で当然のことです。それを調整するのが政治家の役割です。その意味で、PCR検査が増えない最大の原因は安倍総理の政策センスのなさです。このことは強調しておきたいと思います。  (8月7日、聞き手・構成 中村友哉) やまおかじゅんいちろう●1959年愛媛県生まれ。ノンフィクション作家。時事番組の司会、コメンテーターも務める。一般社団法人デモクラシータイムス同人。東京富士大学客員教授 <提供元/月刊日本2020年9月号
げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。
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月刊日本2020年9月号

【特集1】中国とどう向き合うか

【特集2】コロナ危機から敵前逃亡する安倍総理

【特集3】問われる国家指導者の責任