自民党の富山市議の不正を暴き、14人をドミノ辞職へ追い込んだ調査報道の力。ドキュメンタリー映画『はりぼて』監督に聞く

緊張感を欠いた議会と市の関係

――この映画では、市の教育委員会の生涯学習課の課長が議会の事務局の担当者に、チューリップテレビによる公民館の使用状況の情報公開請求内容を伝えてしまう様子も描かれています。教育長は後に守秘義務違反を認めていますが、テレビカメラを向けられた時には「公務員同士で守秘義務違反になるのか」というような発言をしていますね。議会事務局の局長が中川元市議サイドを「元上司」と表現するなど、議会と市当局の緊張関係のなさも受け取れます。 五百旗頭:結局、議会と当局は「持ちつ持たれつ」だったということですよね。市長からすると議会の最大会派である中川元市議を押さえておけば、当局提案の政策は議会で可決されます。  一方、中川元市議が率いていた自民党の会派からしても、議案で市側の提案に従っていれば、自分達の要望も市側に聞いてもらえる。彼らのコメントはその「持ちつ持たれつ」の関係の表れだと思います。  ちなみに、現在では中川元市議のような力の強い人がいなくなったせいで、そのパワーバランスが崩れて、議会と市当局では当局の方が強いという印象です。劇中の終盤に登場しますが、森市長が記者会見で「選挙で顔ぶれが変わって議員の中に緊張感がない」などと富山市議会を評論家的に語っています。
© チューリップテレビ

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 2016年当時は教育委員会から議会への情報漏洩については「教育委員会も議会も市当局とは別組織なので制度上コメントすべき立場にない」と記者に言っていましたが、制度論を駆使するなら議会の雰囲気などについて語るのはあるまじきことなのに、記者会見であんなに楽しそうに議会を評論しているわけです。映画ではその矛盾についても描いたつもりです。 ――森市長は情報漏洩の件だけではなく、一連の不祥事や報酬引き上げ条例の廃案についても、「議会と市は別組織である」との制度論を連発し記者の質問に答えようとしません。また、記者そのものに対して「君は不愉快だ」などという言葉も発しており、政治家として誠意ある態度を取っているとは思えませんね。 五百旗頭:コミュニケーションを遮断する話法です。それ以上は回答しない。森市長の「制度上コメントできない」という言葉を連発して質問を遮断するのは、中央だと菅(義偉)官房長官と同じものを感じています。 ――森市長の回答態度について視聴者はいい印象は持たないのではないかと思いますが、番組放送の後の2017年の選挙でも6期目の当選をしています。他の議員も然りなのですが、富山市民にとってマスコミ報道は選挙の結果に影響をもたらすものではないのでしょうか。 五百旗頭:映画に登場するような、一連の不祥事に対する森市長のコメントをテレビで紹介したのはチューリップテレビだけだったと思います。なので、森市長のコメントが投票に大きな影響をもたらすとは思えません。 砂沢:市長選では森市長は連続当選しています。なぜかと言うと森市長の対抗馬の野党が擁立する候補が弱すぎるんですね。富山は自民党王国ですが、自民党の中から森市長に代わる候補を立てようという動きがない限り、森市長以外が当選するということはあり得ないです。

自民党王国の背景とは

――なぜそれまでに富山県は自民党が強いのでしょうか。 砂沢:富山は田舎に行けば行くほど地域の利益と議員の利益が結びついているんです。人が変わったとしても、議員が自民党でありさえすれば地域が困らないという構造が出来上がっています。中川元市議は不正のために議会を去りましたが、地域としては別の自民党の候補を立てさえすれば地域の人たちは困りません。 ――地域の人たちの要望は具体的にはどのようなことなのでしょうか。 砂沢:具体的には地域の公園、小学校、保育園の設置、道路の補修などです。それらを市に対して市民が要請しても順番が後回しになることも多いのですが、その地域を代表する議員が口添えをすれば早々に予算がついて執行されることもあります。  そして、農家があることも大きいです。例えばJA(農業協同組合)などが選挙に協力すれば組織票が入るので議員は選挙で困りません。お互いに裏切らないというところで、利害が一致しています。 五百旗頭:富山で盤石の自民党体制が崩れないのは、やはり自民党と地域の結びつきですね。  なぜ自民党を支持するかと言うと自分たちの要望を聞いてくれるからです。市民側にも「自分たちが良ければいい」という意識があると思います。  そして、議員の側にも自分たちの地域に利益を誘導すればいいんだという考えがあります。市全体の利益を見ている議員がいないように感じます。自分の地域に利益がなくても、市全体を良くする政策があるならばそれを実施すべきではないでしょうか。そういう視点が議員側にも市民側にもないように感じますね。

取材は真剣勝負

――お二人はもちろん、他の記者の方々も領収書等が示す客観的な事実と矛盾したコメントを各議員や関係者から見事に引き出しています。取材前に想定問答集などの用意はあったのでしょうか。 五百旗頭:一切ないですね。全て一発勝負のガチンコ取材です。昨日もある取材で、ライターの方に「記者会見というのは、事前に質問を渡して台本を読み上げるものではないのですか。驚きました」と言われました。  官邸会見の常識がすべての取材の常識になっているのであれば、それは由々しき事態だと思いますね。 ※後編では五百旗頭監督、砂沢監督のお二人に一連の不正発覚後の富山の様子や今後の活動についてはお伺いします。 <取材・文/熊野雅恵>
くまのまさえ ライター、クリエイターズサポート行政書士法務事務所・代表行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、自主映画の宣伝や書籍の企画にも関わる。
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