80歳の老婦人がスパイ容疑で逮捕!? 自分が信じた「正しさ」に生きた女性を描く実話ベースの映画『ジョーンの秘密』が問いかけるもの

本作のフィクション性が与えた“問いかけ”とは

 本作は実話を基にした映画であるが、「実話にインスパイアされた小説の映画化」と表現したほうが正確だろう。  原作小説のモデルとなったメリタ・ノーウッドは、映画のジョーンと同様に80代になってからKGBの元スパイであると判明した実在の人物であり、その行動もジョーンと同じところが多い。しかし、映画のジョーンが共産主義に迎合しなかったこととは違い、実際のメリタは両親の影響もあって幼い時から熱心な共産主義者であったらしい。
© TRADEMARK (RED JOAN) LIMITED 2018

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 映画でのジョーンが共産主義者でないことは、彼女の“中立”とも言える立場を際立たせて、その葛藤や“本当の望み”にも説得力を持たせている。より物語としてドラマチックにする工夫が加えられているというわけだ。  実際にトレヴァー・ナン監督は、本作について「根本的に真実であるストーリーを、根本的に真実である方法で語ろうとしている」と語っている。フィクションとして描かれる部分はあるものの、根本的には真実を描き、実在する人物の主張もより伝わりやすくするというのは、エンターテインメント性を備えた“実話もの”として誠実なアプローチだ。  また、トレヴァー監督はこうも語っている。「ジョーンのとった行動は正しかったのか、とこの映画は問いかけている。観客の皆さんがこの問題について話し合いたい、熟考したい、討論したいと感じてくださることを願っている」と。  実際のメリタは自分が心から正しいと信じ、なぜその行動をしたのかもしっかりと自覚をしていたそうだ。しかし、映画のジョーンは自分が正しいのかどうかについて揺れているように見える。  彼女の葛藤は、この映画を観ている観客とシンクロしており、トレヴァー監督の言う「観た人に考えてもらう」余地を与えている。そのためにも、本作のフィクション性は重要だったと言えるだろう。

ジュディ・デンチの名演がもたらしたもの

 晩年のジョーンを、名優ジュディ・デンチが演じているということも本作の大きな魅力だ。『007』シリーズではMI6の局長の“M”という、スパイを指導する立場だった彼女が、今回は「かつてスパイだったおばあちゃん」になっているのも感慨深い。
© TRADEMARK (RED JOAN) LIMITED 2018

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 トレヴァー・ナン監督は「道徳上の非常に大きな問題、人間的、政治的、個人的かつ知的な問題に直面した女性を、彼女ほど迫真性をもって演じられる人はいない」と絶大な信頼の基でジュディ・デンチを迎え、彼女はその期待通りの多層的なキャラクターを体現していた。特に息子に対して、“本当の望み”を吐露するシーンでの名演は、本作の白眉と言える。  また、若き日のジョーンに扮したのは『キングスマン』(2015)でメインキャラクターを演じた若手女優のソフィー・クックソンで、しっかりジュディ・デンチと重なって見える存在感を持つ実力派だ。主軸として描かれるのはむしろ若き日の彼女の姿だが、回想する立場であるジュディ・デンチという存在が、やはり映画全体に厚みを与えている。その俳優としての力を、改めて思い知らされる映画でもあった。 <文/ヒナタカ>
雑食系映画ライター。「ねとらぼ」や「cinemas PLUS」などで執筆中。「天気の子」や「ビッグ・フィッシュ」で検索すると1ページ目に出てくる記事がおすすめ。ブログ 「カゲヒナタの映画レビューブログ」 Twitter:@HinatakaJeF
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