2019年の夏コミ。
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「同人誌関連の仕事で食べている人たちを延命させること……ようは、印刷所を維持させるのが、もっとも大事な課題じゃないかな」
きっと、この人はなにかの知見をもっているだろう。そう思って電話をした相手は、そういって話し始めた。
「もう、どうすればいいのだろうか」と、なにも解決の糸口が見つからないままで、大方の人は誰かがなにかをしてくれることを待っているような風にも見える――それが、止まらない新型コロナウイルスと東京五輪の延期によって窮地に追い込まれている同人誌の現在である。
去る7月12日、世界最大級の同人誌即売会
コミックマーケット(以下コミケ)を主催するコミックマーケット準備会の告知に、世間はざわめいた。今年の12月に予定されていた
コミックマーケット99を開催を事実上断念*することが発表されたのである。〈*発表によれば「コミックマーケット99」は2021年ゴールデンウイークに”延期”となる〉
今や夏冬の季節の風物詩となった、コミケ。今年が類いまれな受難の年になることはわかっていた。長らく会場としてきた東京ビッグサイトが東京五輪の期間中にメディアセンターとして使われる影響で、夏の開催が不可能になったからである。コミケ以外にも、東京ビッグサイトを会場として使っている同人誌即売会は多い。東京ビックサイトにとって「お得意様」であるコミケをはじめとする同人誌即売会がどのような金銭的損害を受けるかは明白だった。そこで、東京都から示された妥協案が2020年5月のゴールデンウィーク期間中にコミケを開催するというものであった。
減収は避けられないが、コミケが5月に開催されることによって、出血は抑えられる。それが同人誌にとって欠かせない産業である印刷会社の見方だった。東京ビッグサイトを利用している様々な産業と同じく、東京五輪による影響は避けられないが、なんとか持ち堪える……2020年初頭は、そんな空気感があった。
だが、新型コロナウイルスという予想外の災厄は、決意を土台から揺るがせた。人が集まる催しが次々と中止になる中で全国で同人誌即売会そのものが開催中止を余儀なくされた。そうした中で開催の可能性を探っていたコミケも、5月の開催まで残り一ヶ月近くなった3月27日に開催断念を決めた。1975年の開始以来、幾度も開催の危機を経験しているコミケであったが、戦争に匹敵する感染症には抗することができなかったのである。
新型コロナウイルスの流行が拡大していた、今年の2月頃、ある印刷会社に5月のコミケまでもが中止になった場合の損害はいかほどのものかと尋ねてみた。
「だいたい、どこも
年間売り上げの15%程度は減少すると考えています」
既に東京ビッグサイトが東京五輪のために工事に入っていたので規模は縮小している。それでも、印刷会社の売上に対するコミケの割合の大きさが見て取れた。でも、これはあくまで、コミケ単体の数字。この人物は「ただし……」と話を続けた。
「仮に3月、4月、5月とすべてが中止になると、どこも年間売上の30%減少になると思っていますよ」
先の暗い予測。でも、現実はそれ以上であった。都の緊急事態宣言が解除されて以降、東京都に限らず全国で中小規模の同人誌即売会は再開されている。でも、その先行きは極めて不安定なものだ。政府では8月1日以降、5000人規模のイベントを開催できるよう制限を緩和する方針だったが、感染者が再び増加していることから撤回。東京ビッグサイトで開催されるような同人誌即売会では、5000人規模が緩和されても焼け石に水なのだが、それ以下の規模でも日程を告知しても、本当に開催できるかは確証が持てない。