戦後75年、置き去りにされた人たちに残る傷跡を問う。『日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人』河合弘之プロデューサーに聞く<映画を通して「社会」を切り取る24>

判決の枠組みを変えるために

――近時、日本の裁判所の判決は、論理構成よりも結論の妥当性を重視しているのではないかという法曹関係者の言葉を耳にしたことがあります。 河合:例えば、原発問題だと「日本は資源がない。原発がないと電力がなくなってしまう。原発は必要悪だ」という認識の枠組みをベースに判決が下されていると感じます。その枠組みの中での「妥当な」判決を下すとなると、当然、請求棄却となります。  だからこそ、その枠組みを変えていかなければならない。原発というのは大事故になったら世界を滅ぼすかもしれないし、使用済み燃料は後世に大きな負担を強いるものだということがわかったら、裁判官が考える「妥当」な判断は変わるのではないかと。
ⓒKプロジェクト

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 その枠組みには、映画はもちろんのこと、ジャーナリズムが影響します。また、その枠組みを変えることができたなら、「妥当」な判決の中身も変わります。よって、結果的に世の中も変えられるということなんですね。  そして、妥当な結論の中にも幅がある。その中でなるべく有利な判決を導く方向で論理を打ち立て弁論活動を行う。それが、弁護士の仕事です。 ――現在のフィリピン残留日本人による就籍申立てに対する妥当性判断の枠組みとはどのようなものなのでしょうか。 河合:いわゆる両親ともに日本人ではない、つまり、フィリピンと日本人の間に生まれた子であるということです。そして、フィリピン日系人は勝手にフィリピンに出稼ぎに行った人たちの子孫で、国策により満州に行かされた人たちの子孫である中国残留日本人孤児とは違うという理屈が作られていること、また、終戦後、日本に来ようと思えば帰って来ることができたはずと思われていることですね。  その枠組みで判断すると、国籍は許可せず放っておいてよいというのが「妥当」ということになってしまいますね。  しかし、実際には戦争で父親と生き別れた母子が日本に来ることはほぼ不可能でした。現実と乖離した枠組みの中で判断がなされているということなんです。 ――原発訴訟も積極的に手掛けていますね。 河合:原発裁判については、科学的に難解な論争をやり過ぎていると感じます。今、原発問題を担当する裁判官は「忙しいので時間がない」「3年の任期の中で結論を出さなくてはならない」「文系なので科学的な理論を理解できない」という三重苦に立たされています。  そういう厳しい状況の中で難解な議論を理解するのは無理なんです。だから結果として、立証に対する踏み込んだ質問は一切なく、わかったような顔をして、権力側の御用学者の言うことを切り貼りして判決を出しているという印象を受けます。そうすれば裁判所も非難を受けることはないんですね。
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 学会の科学論争は永遠に続くかに思えますが、いずれデータと実績で収斂します。しかし、裁判は3年で結論を出さなくてはならない。わかりやすい理屈で裁判官に問い掛けないとダメなんです。そういうこともあって、今は原発裁判改革運動をしています。現在の裁判は8割程度まで結論が出ていますが、将来的にはもっとわかりやすい、新しい枠組みの中での裁判をやりたいと考えていますね。  妥当という結論を下すための枠組みを変える。そのために、枠組みを作るベースとなる事実に対する認識を変える。そのための映画であるということは、原発問題を扱った3作品、そして今回の作品も同じです。  原発問題の3作品は訴訟資料として提出しましたが、今回の作品も就籍申立ての時に提出します。この作品で裁判官の心を動かしてフィリピン残留日本人に対する認識を変えたいんですね。 ――映画で広く問題を訴えていきたいとのことですが、ニュース報道や書籍と異なる映画メディアの特質についてお感じになっていることがあればお聞かせください。 河合:映画はやはり激情を呼ぶんだと思いますね。映画はスクリーンで見るので体験に近いかもしれません。そもそも問題に対して関心がなかったような人たちも引き寄せる力を持っていると思います。

国家賠償訴訟の求心力は

――フィリピン政府や国連難民高等弁務官事務所など国外の機関がフィリピン残留日本人問題の解決に向けて積極的に協力しようとする姿が描かれます。このような外圧とも言える動きに対する日本政府の動きは鈍いのではないかと感じました。 河合:その外圧が日本社会の中で大きく聞こえないことが問題なのだと思います。日本の政府は極めて外圧に弱いと思っています。問題はその外圧が日本社会の中でどのように捉えられているかなんですね。そのためには、新聞や雑誌、テレビでしっかり報道することが大切です。そうすると政府の側も「こういうことが問題になっているのか」と気が付いて動き出すんですね。今回の映画はそういう動きを狙っています。 ――中国残留孤児だった池田澄江さん(徐明さん)が日本国籍を得て、かつてご自分と同じ立場にあった中国残留孤児の方々を活き活きとサポートする姿が印象的でした。 河合:池田さんの戸籍取得を担当した後も、別の就籍申立てに際しての中国語から日本語への翻訳やコピーなどの事務作業を手伝ってもらっていました。その作業中に自分に合う仕事が見つからないとも聞いていたので、就籍作業を専門の仕事にしてもらおうと永久雇用の事務員になってもらいました。  池田さんは私の秘書ともとても仲良くなって水を得た魚のごとく活躍しました。就籍申立てをした1250人中1230人程度は池田さんが関わっています。電話をしたり手紙を書いたり、また本人の元に出掛けて陳述書を取って、ということを一所懸命にやってくれて、その中でどんどん日本語も上達しました。
河合弘之さん

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 そしてそれが後に提起する国家賠償訴訟につながります。1,200人近い人に面談したり電話や手紙を通じてコミュニケーションする中で、池田さんは親しみを持たれ、信用もされ、そして、訴訟を躊躇している方のところに行って、泊まり込みで説得もしてくれました。そうした経緯があったので、裁判を起こした時には彼女が求心力となって一致団結したと思います。  中国残留日本人孤児による2200人が原告となった国家賠償訴訟は、池田さんが国籍を取るという仕事をやっていたからできたことです。それは彼女が優秀だからこそできたことですが、現在活き活きとしているのは、後にそれが彼女の人生に役立ったのだと感じますね。 ※後半では小原浩靖監督に映画製作の経緯や映画に込めたメッセージをお伺いします。 <取材・文/熊野雅恵 撮影/鈴木大喜>
くまのまさえ ライター、クリエイターズサポート行政書士法務事務所・代表行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、自主映画の宣伝や書籍の企画にも関わる。
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