なぜ小池百合子が圧勝し、安倍政権が長続きするのか?「非常時の指揮官」を打ち破る方法<菅野完氏>

二項対立からの卒業

 この「新しい冷戦構造」の操縦に誰よりも長けているのが、安倍晋三という政治家だろう。彼が「新しい冷戦構造」を利用する手口は実に巧妙だ。彼は権力を掌握する前から、あたかも自分こそが北朝鮮に対して最も強硬な態度を示す政治家であるかのように振る舞った。そして権力を掌握する過程でも掌握した後でもその振る舞いは変わらない。  しかし巨細なく彼の事績を見てみると、小泉総理に随伴して北朝鮮訪問をしたあのタイミング以外で彼がなにかを成し遂げたような痕跡はない。単に口だけだ。その一方で彼は、アメリカの利益を代弁することに極めて積極的であり「単にアメリカの利益を代弁しているにすぎない」と見られることそのものを厭う様子さえない。それどころか露骨に「そう見られたい」とさえ思わせる節がある。つまり彼は周りからはっきりわかる形で「北朝鮮への口撃」と「アメリカの利益の代弁」のアピールを同居させていることになる。この姿勢があればこそ彼は「パクスアメリカーナをなんの疑問もなく受け入れつつ、北朝鮮危機と対峙する前線指揮官」を演じることができる。そしてこの役所こそ冷戦構造下の二項対立に慣れ親しんだ有権者が最も安心感を覚えるものに他ならない。安倍晋三がこの演技を続ける限り、彼は有権者が途中交代をなかなか望まない「非常時の指揮官」の地位を占め続けるわけだ。

「非常時の指揮官」と戦うために

 野党は、いや、野党のみならず自民党の非執行部側も、「非常時の指揮官」・安倍晋三を向こうに回した戦いをする必要がある。よしんば彼が勇退を選択したとしても、後任者は常に「前任の非常時の指揮官」との比較という戦いを続けなければならない。これは極めて難事業と言わざるを得ないだろう。  安倍晋三に戦いを挑む者がこれまで死屍累々の山を築き上げただけに終わっているのは、安倍晋三が掌握して決して手放そうとしない「パクスアメリカーナを露骨に歓迎しつつ、具体的に眼前に存在する脅威である北朝鮮と対峙する前線指揮官」ポジションとの二項対立の頸木に自ら嵌まり込んでしまっているからに他ならない。言い換えれば、思想・陣営の左右、政界での立ち位置の如何を問わず、安倍晋三と敵対するものは安倍晋三のポジションが「アメリカの代弁者・北朝鮮の敵」と先に決まっている以上、「アメリカの敵・北朝鮮の代弁者」に自動的にポジショニングされてしまう宿命にあるわけだ。それが二項対立思考の限界であり恐ろしさでもあるのだが、日本の背景にいまだ冷戦構造が抜き難く存在する以上、二項対立こそが政治の土俵なわけで文句を言ってもしかたない。それが現実だ。  小池百合子が率い惨憺たる結果に終わった希望の党や、あるいは現在の山尾志桜里議員などがアピールしたがる「改憲議論を厭わない野党」や「左翼陣営に冷淡であることをアピールする野党」路線は、おそらくこうした二項対立構造へのリアクションとして考案されたものなのであろう。しかしこの種の路線は浅知恵としかいいようがない。どんな分野でもそうだが、二項対立から脱却するために対極側に擦り寄るのは常に失敗し、構造を固定化するだけに終わる。希望の党のような路線がここ数年のあいだ塵芥のように浮いては消え浮いては消えを繰り返してきたのは、その当事者が政治的に未熟だからではなく、構造として必敗の構造に誕生の瞬間から陥っていたからに他ならない。  55年体制がそうであったように、二項対立だけで進む政治は無理・無駄・欺瞞が多く、いずれカタストロフィカルな終局を迎える。安倍晋三と対峙するものは、是非とも、安倍晋三に打ち勝ち、自分が生き残るためだけではなく、いまだに冷戦構造を利用した時代遅れの政治運営が罷り通る日本の政治風土を刷新するためにこそ、この二項対立からの卒業を目指さなければならないはずだ。 <文/菅野完> すがのたもつ●本サイトの連載、「草の根保守の蠢動」をまとめた新書『日本会議の研究』(扶桑社新書)は第一回大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞読者賞に選ばれるなど世間を揺るがせた。メルマガ「菅野完リポート」や月刊誌「ゲゼルシャフト」(sugano.shop)も好評 月刊日本2020年8月号 表紙<『月刊日本8月号』より>
げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。
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月刊日本2020年8月号

【特集1】岐路に立つ日本

【特集2】「トランプ以後」の世界

【特集3】「経産省内閣」の正体