kash* / PIXTA(ピクスタ)
―― 持続化給付金やGOTOキャンペーンなど、経産省所管の政策に批判が集まっています。福島さんは経産省出身ですが、現在の経産省をどのように見ていますか。
福島伸享氏(以下、福島):
官邸からの仕事の下請けで相当疲弊しているというのが正直なところだと思います。ここで頑張らなければ経産省の評判が悪くなるので、必死になって仕事に取り組んでいるのでしょうが、ドツボにはまってしまっています。
もともと経産省は多くの予算があるわけではないですし、それほど人員がいるわけでもありません。企業で言えば企画部・宣伝部のようなところで、口八丁手八丁で生きている組織です。また、経産省は福島原発事故を見ればわかるように、危機管理の苦手な役所です。危機管理に取り組むには警察庁や旧自治省のように上意下達の縦型の組織が必要ですが、経産省は一人ひとりが自由に動き回り、それが結果として一つの音楽を奏でるような役所ですから、命令一つで組織立って仕事をすることが得意ではありません。
そのような役所が、いきなり国民全員にマスクを配れとか持続化給付金を2週間で支給しろと命じられても、うまくいきっこないのです。つい昨日まで韓国とのWTOの紛争解決の準備をしていたような役人が、今日からマスクを集めてこいと言われても、それは無茶というものです。
経産省が電通に仕事を丸投げしなくてはならなかったのは、そのためです。自分たちにはできない仕事だったから、お金で解決して外部に頼むしかなかったのです。しかし、電通も持続化給付金の実務ができるわけではありませんから、さらに別の会社に委託することになったのでしょう。
こうした状況が生まれてしまった最大の原因は、
官邸で力を持っている官僚たちが実務を重んじないで、メディア映りばかりを気にしていることにあります。現在の官邸には
今井尚哉補佐官や
佐伯耕三秘書官など、経産省出身者がたくさんいます。経産省に無理難題を押しつけているのは彼らです。実は彼らは政策に精通しているわけでも、専門知識があるわけでもありません。そのため、新型コロナウイルスにどう政策的に対処すればいいか、素人同然だと思います。だからアベノマスクや持続化給付金のように、とにかく人海戦術によって事態を打開しようとしているのです。潰れそうな企業が陥りがちなパターンです。
そこから考えると、多くの人たちが経産省を批判していますが、経産省はむしろ官邸官僚たちの被害者だと思います。私は経産省OBとして可哀想だなと思います。
―― 福島さんは本誌2018年5月号で、橋本龍太郎政権が行政改革に取り組む際、福島さんたち経産官僚(当時は通産官僚)は官邸機能の強化を目指し、内閣人事局など様々な構想を練っていたと明かしています。安倍政権は「安倍一強」と言われるほど強大な権力を握っていますが、橋本行革が目指していたものが実現したと見ていいのでしょうか。
福島:残念ながら、そうではありません。橋本行革が行われた20世紀末は、通産省も転機を迎えていました。かつての通産省は護送船団的な産業政策に代表されるように、企業や業界に対して様々な規制や行政指導で経済をけん引していましたが、もはやそのような時代ではなくなりました。そこで、私たちは経済政策の司令塔役として、内閣を回していく新しい役割を担えないかと考えたのです。
私たちはその一環として、官僚を二種類に分けようという議論をしました。二種類とは、各省庁に法令で与えられた仕事に従事する「省務官僚」と、省庁の枠に縛られず天下国家のことに取り組む「国務官僚」です。この「国務官僚」を、省庁や官民の枠にとらわれず集め、評価し、配属するということを一元的に行うため、内閣人事局のような省庁や政治から独立した組織が必要だと考えたのです。
こうしたことの実現を目指すチームには今井補佐官もいました。いま今井氏は官邸に入って内閣を回していますが、彼にとっては自分の構想が叶ったと言えるかもしれません。
しかし、私たちが目指していたのは、民間人や学識者を含め歴史観や世界観が確かで政策に精通した日本のベストアンドブライテストを官邸に集めることであって、
官僚としての調整能力はあっても、政策構想力や専門性のない人材が官邸に入ることは想定していませんでした。彼らが
安倍総理に重宝されているのは、総理の威を借りた省庁間の調整に長け、政治家やメディアへのプレゼンテーションがうまいからにすぎません。安倍総理自身も政策はわからない人なので、口八丁手八丁の官僚に簡単に取り込まれてしまうのです。その結果、
官邸には科学的に政策立案のできない、世渡りと外見を取り繕うのが上手な官僚たちばかり集まるようになってしまったのです。
―― 官邸に権力を集中させること自体には成功したと言えるのではないでしょうか。
福島:いや、それも失敗です。官邸主導とは民意を受けた政治の主導でなければならないはずです。しかし、安倍政権の官邸主導は民意を受けていない
官邸官僚の主導になってしまっています。
私たちが橋本行革で目指した官邸主導は、政治改革とセットになって初めて実現するものでした。1996年から小選挙区制のもとで選挙が行われることになっていたので、二大政党制が到来することを前提に行革を進めていたのです。
私たちは次のような仮説を立てていました。政権交代のある政治では、政策を基準に国民の選択が行われるため、政党や政治家たちは国民に提示する政策づくりに切磋琢磨し、政策に強い政治家が生き残るはずだ。彼らは官僚から振り付けられなくとも、自分の力で政策を理解することができる。こうした政治家を官邸や政府に送り込めば、官僚が作った政策を政治家が丸呑みすることがなくなる。その結果、官僚たちも自分の作った政策が政府に入った政治家に採用されるように必死になっていい政策を考えるので、政府の中で政策づくりの競争が起こるだろう。こうした形で政治家が官僚を動かしていく「政治主導」を考えていたのです。
しかし、政権交代は民主党政権の後、一度も起こっていませんし、「悪夢」とも言われています。小選挙区制度なのに政権交代に現実感がない政治状況が続いてしまっているため、
○○チルドレンのような党の風を受けて当選した必ずしも能力や資質があるとは思われない政治家が大量に国政に入ってきてしまいました。そのような中から、官邸に送り込まれる政治家たちも、官僚を動かせるというよりは、
肩書がついて嬉しいだけという人物ばかりになってしまいました。公職選挙法違反で起訴された河井克行氏が、安倍政権の首相補佐官を務めていたことがその象徴でしょう。これでは官邸主導などできるはずがありません。
政治家が無能である限り、官邸主導は実現しないのです。