なぜ日本だけが囚われる「PCR検査抑制デマ」が生まれたのか? その根源に迫る

ジャパンオリジナル・エセ医療デマゴギーその1:感度の操作

 ここでは、東京大学・保健センターの説明を引用します。 ”以下の仮想例(罹患率10%、感度70%、特異度99%)を想定して、具体的な計算法を記載します。”  ここで「仮想例」(「仮に」など様々な形態がある)としながら、あの手この手で感度70%や60%、ものによっては50%未満を示すジャパンオリジナル・エセ医療デマゴギーが観察されています。感度が低くなると、感染者の見逃しが増えます。例えば、1000人の集団に100人の感染者がいるとして感度70%ですと30人の感染者を陰性判定して見逃します。これを偽陰性と称します。  実際には、どうでしょうか。PCR検査は、検査対象の遺伝子であるDNA(コロナウィルスの場合はRNA)が存在するか否かの絶対評価です。相対評価ではありません。ここ凄く大切です。チョー大切です。  従って対象となるウィルス等が検体採取時にその場所に存在するか否かが感度を定めます。そしてウィルス等は、検体を採取する場所にいつも都合良くいるわけではありません。筆者のように医学研究者でない学者にとってこの感度についての現実の値を知ることは、このジャパンオリジナル・エセ医療デマゴギーを論評するためにたいへんに重要です。このため新型コロナウィルスのPCR検査における感度の実績値を明記した論文が出るのを待つほかありませんでした。そして出てきました。 ▼Interpreting Diagnostic Tests for SARS-CoV-2,Nandini Sethuraman, Sundararaj Stanleyraj Jeremiah, Akihide Ryo, 2020/05/06 JAMA  この論文には、SARS-CoV-2におけるPCR検査の感度と特異度の両方が記述されています。なお、この二つの変数は、それぞれ90%台と100%として扱われることが多く、詳しく言及する論文は多くないように思われます。  感度に言及した部分を引用します。 【原文】 ”In a study of 205 patients with confirmed COVID-19 infection, RT-PCR positivity was highest in bronchoalveolar lavage specimens (93%), followed by sputum (72%), nasal swab (63%), and pharyngeal swab (32%). False-negative results mainly occurred due to inappropriate timing of sample collection in relation to illness onset and deficiency in sampling technique, especially of nasopharyngeal swabs.” 【抄訳】 ”COVID-19既感染者205人から(の1070検体から)得られた結果では、感度は下記のようになる*。 気管支肺胞洗浄検体93%(簡便とは言えず、患者への負担が大きい) 痰72% 鼻腔スワブ63% (よく資料映像となっているものは、もっと奥まで綿棒を突っ込む鼻咽頭スワブ) 咽頭スワブ32% 偽陰性となる原因は、検体採取の感染からの時期が不適切である場合と、技術的な欠陥によるものである。” 〈*Detection of SARS-CoV-2 in Different Types of Clinical Specimens March 11, 2020, JAMA

感染研の検体採取・輸送マニュアルを読む

 国立感染症研究所(感染研)が都度更新しつつ公開している「2019-nCoV (新型コロナウイルス)感染を疑う患者の 検体採取・輸送マニュアル」にも詳しい記述があります。  最初期の2020/01/21(1/22更新)版では、まだ分からないことが多いための下記のように模索中であったことが分かります。被検査者も負担がたいへんだったことでしょう。  PCR検査の効率化のために、経験を蓄積することによって3月にはこのようにかなり合理化されていました。ここでは、はっきり痰と鼻咽頭拭い液の二検体検査が標準であると明記されるようになっています。この二検体を検査するという記述はたいへんに重要ですので覚えていて下さい。  しかしやはり感染研、医師というよりは医学研究者の集団です。できるだけいっぱい、いろいろなサンプルが欲しいという研究者の欲望を全く隠していません。なにやら「必要に応じて」という釈明つきながら検体のリクエストが増えています。研究者として、その気持ちはとてもよく分かります。でも患者としては、体を治療外目的でもいじくり回されている事になります。仮に筆者が医学研究者なら、もっとほしがることでしょう。  その後もマニュアルの改訂は続き、6月改訂で唾液がたいへんに有力な検査サンプルであることが追記され、7月17日更新版では、鼻咽頭スワブ液、唾液、痰の3検体が標準となりました。但し、痰が取れない場合は継続して痰は無しでも仕方ないという事になり、鼻咽頭スワブ液と唾液はだいたい同程度の感度を持つとされています。なお、患者自身が採取した鼻腔スワブ液も医師などの採取した鼻咽頭スワブ液に比較して94%の感度を持つとされています。  感染研のマニュアルもたいへん充実し、「必要に応じて採取して下さい」という項目も更に増えています。研究者の本質的欲求ですから仕方ありません。
検体採取方法(最新版:第一次第二波パンデミック時)

検体採取方法(最新版:第一次第二波パンデミック時)
2019-nCoV (新型コロナウイルス)感染を疑う患者の 検体採取・輸送マニュアル〜2020/07/17 更新版〜感染研より

 ここまでで、事実としてSARS-CoV-2のPCR検査では、2種検体ないし3種検体検査が行われていることが分かりました。これは過去にも報道にそのような記述が散見されており、むしろ大阪府では検体数を1検体にするという報道がなされたほどです*。筆者は、この大阪府による一検体検査を現時点では全く支持できません。理由は後述します。 〈*大阪府、PCR検査は検体数減らして対応 現場は「余裕ない」2020/04/20 産経新聞
次のページ
誤ったトホホなベイズ推定の半分を添削する
1
2
3
4