少年はなぜ殺人に手を染めたのか? 歪んだ絆で結ばれた母子を描く『MOTHER マザー』 大森立嗣監督<映画を通して「社会」を切り取る21>

俳優を信じて任せる

――秋子役の長澤まさみさん、遼役の阿部サダヲさん、周平役の奥平大兼さんに対して、細かな演技指導はしたのでしょうか。 大森:僕の撮影はテイクが少ないんです。テストを1回して、後は「よーい、スタート」で始めます。俳優さんたちは、その場一回限りで自分が何を感じるかを把握しないといけません。  何度も練習すれば、「次はこういう顔をする」とシミュレーションできますが、練習はして欲しくないですね。その時相手が言った言葉を聞いて、それに対してその場でどう反応するか。そういうコミュニケーションの中での演技にリアリティが生まれると思っています。それには俳優を信用するしかありません。  監督である僕は脚本を書いたり、演技指導ができても、カメラのこちら側に立っています。カメラの向こう側にいる俳優さんたちの感じる体温や言葉を交わした時の感覚はわかりません。俳優さんたちには、カメラの向こう側に立っている者だけが感じられる何か、それを大事にして演技して欲しいと伝えました。
ⓒ2020「MOTHER」製作委員会

ⓒ2020「MOTHER」製作委員会

――秋子演じる長澤まさみさんの演技は、鬼気迫るものを感じました。 大森:秋子の女性像は、普通は共感を持てないと思いますが、長澤さんもやはりそうでした。その点に彼女も最初は戸惑いや難しさを感じていましたが、演技について細かな注文はせず、信じて全面的に任せました。結果的にきちんと役に入ってくれたので良かったと思いますね。  撮影はほぼストーリ―の順番に撮影していますが、体重の増減もお願いしました。果敢に新しいことに挑戦する、素晴らしい女優さんだと思います。 ――日本映画には『MOTHER マザー』のような、児童虐待や貧困といった社会問題に切り込んだ作品が少ないように感じます。 大森:社会問題を扱った映画、尖った映画にお客さんが入るようになればもっと製作されるのではと思いますね。ただ、残念ながらそういう作風でない、わかりやすい、無難な映画にお客さんが入るという現実があるので、必然的にそちらの方が多く作られていく状況から抜け出せていません。  それでも社会問題を扱った映画を撮りたければ、低予算かつ外部の資本の入らない自主映画という形を取れば実現できます。ただ、今回のように、長澤まさみさんのような人気のある俳優さんを起用して多くの人に見てもらえる作品にできるかというと難しい面もあります。その点は悩ましいと感じますね。
ⓒ2020「MOTHER」製作委員会

ⓒ2020「MOTHER」製作委員会

――次に取り組みたいテーマについてお聞かせください。 大森:歴史の中で人間が翻弄されていく姿を、数十年単位の長いスパンで描いてみたいという気持ちがあります。一方で、日常生活から浮かび上がる何かを扱ってみたいとも考えています。いずれにせよ、普通の人とは違う価値観を持った人を撮りたいですね。

誰も排除しない社会を作るために

――この映画で伝えたかったことをお聞かせください。 大森:明確なメッセージはありません。ただ、秋子と周平のような人たちをどのように捉えるか、それはやはり社会全体で考えないといけないと思います。  法治国家である以上、裁判をして加害者に相当の罪を課するのは大切なことです。ただ一方で、なぜそういうことが起きてしまったのか、それを考えるのも人間として必要なことなのではないかと。  ネット社会は加害者を裁きたがりますが、加害者の背後にも人生があります。彼ら彼女らは社会が生み出したのではないか、自分も社会から排除された人たちを生み出した社会の一員であれば、その点を考えないといけないのではないか。  そして、それを描くことができるのはやはり映画なのではないかと感じます。事実の羅列では伝えられないことを、映画では表情やニュアンスで伝えることができるんですね。  罪を犯したら刑務所に入れて、罪状が重ければ死刑にすればいいというのは、あまりに冷たい。思考停止して排除することはせずに、思い止まって加害者の生き方を想像する。そういう姿勢が、本当により良い社会を作るためには必要なのではないかと信じています。
大森立嗣監督

大森立嗣監督

<取材・文/熊野雅恵>
くまのまさえ ライター、クリエイターズサポート行政書士法務事務所・代表行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、自主映画の宣伝や書籍の企画にも関わる。
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