アメリカはテロリストに対し身代金を払ったことはなかったのか?

ISISが公開した動画

ISISが公開した動画より

 悲しい結末に終わってしまったISIS(イスラム国)の日本人人質事件。テロリスト集団は2億ドルもの身代金の支払いを求めたビデオを公開していたが、日本国内でも「身代金を払うべき」「払う必要がない」という議論が巻き起こった。  アメリカは、2014年のジェームズ・フォーリー氏の時にも、寄付を募って身代金に充てようとしたフォーリー氏の家族に対して、テロリストに資金供与した罪で訴追される可能性もあると警告するなど、身代金支払い拒否の姿勢を明確にしている。  これは、身代金を払うことで、テロリストが味を占めてさらなる誘拐の発生を促し、より多くの自国民が危険にさらされることを防ぐためだいう。  しかし、そんななかでも、米英を除けば必ずしも身代金を払わない姿勢を打ち出しているわけではない。  米財務次官でテロ・金融犯罪を担当するデビッド・コーエン氏が、昨年10月23日の講演で、2014年にイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」が拘束した外国人の身代金だけで、2000万ドル(約21億7000万円)を得たと発表していることからも、現実に身代金が払われていることをがわかるだろう。  ニューヨーク・タイムズ紙も、2014年7月時点で、2008年以降にヨーロッパ諸国がアルカイダに払った身代金はわかっているだけで1億2500万ドルになると報じている。その内、9150万ドルがAQIM(イスラーム・マグリブ諸国のアル=カーイダ機構)に支払われており、フランス、スペイン、スイスが多く支払っていると報じている。  また、直近ではイタリア政府がISISに誘拐された2名の人道的活動団体のイタリア人女性を救出するために、最大1200万ユーロを支払ったと1月17日付けのイタリアメディアが報じている(イタリア政府は公式には否定)。  さらにいえば、アメリカも過去にも身代金を一切払わず、テロに屈しなかったかというとそういうわけではない。  例えば、1979年11月のイランアメリカ大使館人質事件だ。この事件では、アメリカは表向きは身代金の支払いを否定している。しかし、世界最大級の決済銀行のひとつ、クリアストリーム社(当時の社名はセデル)の元幹部であり、マネーロンダリングの最前線にいたエルネスト・バックスのドゥニ・ロベールとの共著書『マネーロンダリングの代理人―暴かれた巨大決済会社の暗部』において興味深い記述をしている。当時、民主党のカーター政権を倒し、政権を奪ったレーガン政権は、人質解放のために身代金を払ったことを頑なに否定していた。しかし、バックスはこれを虚偽だと断じている。  同書によれば、1981年の年初にバックスは、米英の中央銀行から緊急の依頼を受けて、チェースマンハッタン銀行から500万ドル、シティバンクからから200万ドルの有価証券をそれぞれタックスヘイブンの口座から引き落としてアルジェリア国立銀行を迂回させてテヘランにある銀行に振替をした。バックスはこの依頼を「テヘランのアメリカ大使館に監禁されている55人のアメリカ人人質の運命にかかわるもの」だと説明を受けたという。電信送金ではなく有価証券の移管にしたのは、まさしく水面下で事を進めるための算段だったのだ(※ちなみに、バックスは秘密のミッションだったが人命に役立ったことに満足していたが、数年後に、これは大統領選を目前に控えていた共和党のレーガンとブッシュが、カーター民主党政権を倒すためにイラン陣営と秘密裏に交渉し“大統領選後まで人質解放しないように”行われた資金提供だったということを気付かされた、と同書に記述している)。  また、1986年に発覚したイラン・コントラ事件だ。あのスキャンダルで、ニカラグアの反共ゲリラ「コントラ」の援助に流用されていた資金は「1985年にレーガン政権が武器輸出を公式に禁じていたイランに武器を供与して得られた収益」だったが、あれはもともとレバノンでイスラム教シーア派過激派であるヒズボラに拘束された米兵を救出するために、ヒズボラに対する影響力を持ち、当時イラクと交戦中であったイランに「身代金代わり」に行われた武器輸出だったのだ。  このように、公式には否定しつつもさまざまな手法で「身代金代わり」をちらつかせて交渉、いやむしろ「身代金の支払いの有無」を政争の具にさえしてきたのである。  いずれにしろ、この先は日本人もテロのターゲットとしてリストに加わったのは間違いない。武力による奪還と簡単にいうが、人質奪還作戦はアメリカの特殊部隊の精鋭をもってしても成功率が極めて低いという。「指一本触れさせない」と威勢よくいうのはよいが、この先万が一再び邦人標的のテロが起きた場合に、是非はともかくとしてこのような水面下でのさまざまな交渉を含めて、効果的な対応ができるのであろうか……。 <取材・文/HBO取材班>