芸人がパーソナリティをつとめる深夜ラジオは、若い男性を主なターゲットとしており、番組によっては聴取率の男女比が極端に偏る場合も多い(男しか聴いてねぇ、とネタにされることもある)。そうした中で、話題はおのずとホモソーシャルなものになりがちである。リスナーは「童貞」「モテない」「イケてない」といった弱者男性的な自認のもとパーソナリティにメールや葉書を送り、パーソナリティがツッコミをいれたり、共感したりする。若いリスナーにとっては、「自分たちにだけ語りかけてきている」と錯覚するような、強度の高い親密さがあればあるほど、その番組の評価は高まるのだ。
そして、そのような双方向的コミュニケーションの過程で、自虐的であるにせよ、明白なミソジニーがネタとして消費されることもある。たとえば、いわゆる「ブスネタ」であったり、自分が弱者男性の立場であることを前提に、女性芸能人にセクハラする内容のネタメールが読まれる。最近では、そこまで非モテネタがメインではないラジオもあるが、やはり全体的には「男子の部活ノリ」が多数だ。
ところで、芸人の上が詰まっている問題は深夜ラジオも同様だ。深夜のゴールデンタイムである午前1時から3時までの枠において、90年代の芸人パーソナリティの平均年齢は、20代から30代だったように思われる。2000年代になるとそれが30代から40代となり、現在は40代から50代になっている。それぞれの番組には固有のファンがつき、またリスナーの新陳代謝もある程度うまくいっているからこそ長寿化しているのだが、そのことによって若手芸人の枠が渋滞していることもまた確かだ。
高齢化したおじさん芸人のパーソナリティに価値観のアップデートを望むのは自ずと限界がある。それでも昔に比べるとジェンダーの問題についてはセンシティブになってきている。ただし、良くも悪くもファミリー化したスタッフと演者の関係において、問題がある発言をしてしまったときに即座に訂正できないという弱点もある。冒頭で述べた芸人の「失言」も、このようなファミリー化した関係の中で起きてしまったことだと考えられる。
筆者も、芸人の深夜ラジオは長年聴き続けてきた。流石にこの年齢になると「自分にだけ語りかけてきている」かのような過剰な同一化はないが、常連にしか通じないような会話が繰り広げられる内輪ノリの空気、お約束、茶番は確かに心地がよい。
しかしながら、こうしたリスナーの結束は、パーソナリティの差別発言など外部に影響が生じるような問題が起きたとき、負の効果をもたらす。なまじラジオの文脈を知ってしまっているからこそ、過剰な擁護に走ってしまうのだ。そして、何が問題の本質かを理解していない、あるいは矮小化しようとするリスナーの擁護は、批判する側の圧力をさらに強めてしまうことになる。
お笑い芸人の「芸」が、笑いを追及するためによりラディカルな方向に行くことや、深夜番組が昼番組に比べてよりディープな方向に行くことは否定されるべきではない。ただし、「芸」を理由に差別をしてよいことにはならない。時代に合わせた価値観のアップデートがなければ、それは単に古いものとしかみなされなくなることもあるだろう。
アップデートはしたほうがよい。しかしお笑い芸人の世界は構造的に新陳代謝が難しい業界となってしまっており、深夜ラジオ業界は変わらないことがむしろ尊ばれる。そのような状況において、ジェンダー観をアップデートさせていく方向に舵を切るのは、かなり困難な情勢だ。問題意識をもっている芸人も少ないわけではないが(
「東野幸治『アップデートするべき』明石家さんまの問題点を指摘、時代の終わりを語る」WEZZY 2020年5月15日)、その変化は漸進的なものとなるだろう。
もし、この問題にオルタナティブな突破口があるとすれば、テレビを頂点とした既存の成功のヒエラルキーには当てはまらない、新たなメディアにおいてだろう。昨年から目立って増加してきた芸人のYoutube進出の流れは、コロナ禍で劇場やテレビの仕事がなくなることによって、一気に主流のものとなった。
もちろんその中で成功できるのは一握りだし、既に売れている中堅・ベテランが攫っていく可能性が高いと思うが、重要なのは、今までライブでしか見ることがなかった芸人を、お笑いファン以外でも発見しやすくなったことだ。ネタ動画もあるし、ラジオ形式の動画もあるが、いずれにせよ古い価値観を乗り越えようとしている若手芸人にとっては、従来のお笑いファン、芸人ファンにとどまらない、新たなリスナーを獲得できるチャンスでもあるのだ。
たとえば、女性のお笑い芸人であるフワちゃんは、その傍若無人なキャラクターと、渡辺直美を彷彿とさせるようなグローバルなセンスでYoutubeを中心に人気となり、テレビにも進出している。
このような環境においては、(コアなお笑いファンか、ライトなファンかに関わらず)観客側の意識も重要だ。芸人の問題発言を厳しく批判することは必要だが、一方で面白く、かつ古い価値観にとらわれない芸人を、お笑い業界への偏見にとらわれることなく発掘する視点を持たなければならない。もちろんすぐには変わらないかもしれないが、芸人と観客の双方向的なコミュニケーションの促進が、アップデートを少しでもはやくする道なのではないだろうか。
<文/北守(藤崎剛人)>