MCバトルで大活躍も内面は「崩壊していた」〜RAWAXXXの数奇なキャリア<ダメリーマン成り上がり道 #30>

MOL53からRAWAXXXに

——MOL53(燃えるゴミ)名義でも活躍されていましたが、なぜRAWAXXX(ローワックス)に変えたんですか? RAW:とりあえず変えたかったんですよ(笑)。MOL53って名前も3つか4つめなので。しっくりこないから、名前は何度も変わってるんですよ。RAWAXXXもしっくりこないから変えようと思ってる(笑)。なりたいMC像と相手が受け取っている俺のMC像が違いすぎて、その時点で名前を捨てたくなるんですよ」 正社員:「馴れ初めに話を戻すと、一番最初に戦極で戦極caicaというレーベルをやろうって話になったんです。サイプレス上野さんと『なんでMCバトルからスターって出てこないんですかね』って話をしていたら、上野さんが『じゃあお前がやればいいじゃん』と。それで、『俺はそういう人間だ』と思って(笑)。そのとき、誰をレーベルに入れたらいいんだろうってなったときに、アスベストってラッパーは戦極の司会をやってたので出すと」 ——まずは身近な人から。 正社員:「次に俺が出したい人を考えたときに、UMBの優勝者で考えたんですよ。そしたらずっとR-指定晋平太般若鎮座DOPENESSとかで、全員自分でやれる人だなと。そのときはR-指定もLibraからアルバムを出すみたいな話もあって」 ——わざわざ新しいレーベルで打ち出すアーティストではなかったと。 正社員:「それで準優勝で考えたら、『MOL53だ!』と。バトルに出ていて、自分も好きで、音楽の才能も感じる人間で……。2012年のUMBで準優勝したときに、『あのMOL53ってヤバいっすね!』って言われて、『俺、昔から言ってんじゃん!』って感じだったんすよ。それで声をかけて、アルバムを出させてくれってお願いしたのは覚えてるんだけど、そこから『コイツはこんな大変なやつだったのか』と(笑)」 RAW:「(笑)」 正社員:「歴代で会ってきたラッパーでもトップクラスみたいな(笑)。宮崎に住んでたから、やり取りするだけでも大変だし」 RAW:「地元でも戦極から出すってときに、まあまあ揉めたっすね。『お前裏切るんだ』みたいな。仲悪くなったし……」 正社員:「俺が悪いみたいじゃん!」 RAW:「あとは離婚するときに正社員さんに『東京出てきなよ〜』って言われて。それで行くかとなって1週間後に電話したら、『え、なんで東京来るの?』みたいな(笑)。それで一回ブチギレて正社員:「だって東京来たほうがいっぱい仕事あるじゃん! 家族もいるけど、どうなんだろうなと思いながら話をしてたんだよ。そしたら、奥さんと喧嘩してて、『俺、東京行っていいすか』みたいに言われたから、『えーっ!』みたいな(笑)。そんなんあるんだと思って」 RAW:「離婚とかあってね。でも、最初は吉田くん(MC正社員)が『おいでよ』って言ったんだよ。話を戻すと、それでアルバムを出してから、180度変わってるっすね。価値観とか生活とか、人生が反転しました。その時期から音楽だけをやれたので」

アルバムを発表するも挫折が

正社員:「最近になってようやく、バトルのファンとかヒップホップファンとかも気づき始めたけど、MCバトルに出てるラッパーの中で一番尖ったラップしてるし、音に乗れるし、刺さること言えるし。みんなRAWAXXXがヤバいってことに気づくのが遅かったと思う」 ——それはこの対談が企画にあがったときも仰ってましたね。 正社員:バトルを見ていても、音源出したらコイツ光りそうだなって感じてましたよ。ただ、俺がちょっと力不足で、レーベルとしての戦略もちゃんとできなかった。本当はRAWAXXXを売り出すなら、『戦極caica』ってレーベル名じゃないほうがよかったと思う」 ——戦極caicaはどういうレーベルなんですか? 正社員:「戦極caicaはMCバトルを頑張ってるアーティストから出すってスタンスで始めたんですよ。アスベストはナード、エモい系のラップをしていて、そのあとはストリート系のヒップホップ、MOL53RAWAXXX)。その次はACEに聞いたら『やりたいです』っていうから、ACE。ACEはポップで、そのあと田中光ってアーティストもいて、全員色が違うんですよ。全員色が違うから、『何このレーベル?』ってなってしまった」 RAW:「うまくやれなかったですね。混沌としてた。ヒップホップのバブルが来るのが遅くて、みんななんの計画性もないままやってたんで。ブレーンも全くいなかったし、シーンがこうなるって思ってなかったですね」  順風満帆とはいかなったRAWAXXXのキャリアだが、そのストイックな姿勢が実を結ぶに至った背景とは……。対談は次回に続く! <取材・文/HBO編集部>
戦極MCBATTLE主催。自らもラッパーとしてバトルに参戦していたが、運営を中心に活動するようになり、現在のフリースタイルブームの土台を築く
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