釜山市のチャガルチ市場の塩辛屋。カタクチイワシの塩辛がみえる(2018年撮影)
「海の幸を使った韓国料理には何がある?」
こう聞かれて、いくつの料理名をあげられるだろうか。海鮮チヂミにわかめスープ、それから……。焼肉をはじめとする肉食文化のイメージの強い韓国料理だけに、海産物の影はどうしても薄い。しかし、日本と同様に海に囲まれた韓国では、古くからさまざまな海産物がさかんに利用されてきた。そのひとつが塩辛である。
塩辛というと、日本ではいかの塩辛や海鼠腸(このわた)、酒盗など、酒のアテにする珍味に位置づけられがちだが、韓国では調味料としての役割が強い。たとえば、キムチには塩辛が欠かせない。日本で、白菜漬の味つけに昆布を入れるように、韓国では、白菜キムチをはじめとするさまざまなキムチに塩辛を入れるのである。
キムチに入れる塩辛の原料は、西海岸ではエビが、南海岸ではカタクチイワシが代表的で、この違いが地域色となる。エビの塩辛の入るソウルのキムチはさっぱりとしていて、カタクチイワシの塩辛が入る釜山のキムチは味も香りも濃厚。ソウルの人は釜山のキムチを「魚臭くて食べられない」と言い、釜山の人はソウルのキムチを「味もそっけもない」と言う。まるで、関東と関西の“麺つゆ論争”のようだ。
塩辛が使われるのはキムチばかりではない。特に、エビの塩辛と豚肉の相性が良いようだ。豚肉のスープに飯を入れる「テヂクッパプ」は薄味で提供され、食べる人がエビの塩辛で好みの味つけにする。
また、日本でも人気の豚三枚肉の焼肉「サムギョプサル」や、韓国の家庭におじゃまするとよくふるまわれる、ゆで豚料理の「ポッサム」には、エビの塩辛がそえられる。塩のかわりに、ほんの少しエビの身をのせたり、塩辛の汁をつけたりするだけで、豚肉の味はぐっと深みを増す。消化にも良いそうだ。
仁川市江華島のとある家の祖先祭祀にふるまわれたゆで豚。エビの塩辛をつけて食べる。(2015年撮影)
このように、料理の味つけに塩辛を使う文化はなにも韓国の専売ではない。ベトナムやタイ、インドネシアなどの東南アジアには、エビの塩辛(シュリンプペースト)をスープや炒め物の味つけに使う文化が広がっている。
そして現在ではわずかに残るだけとなったが、日本にも魚や貝やエビやカニなどさまざまな海産物を原料とした塩辛があり、それが料理に使われてきた。
17世紀末頃に成立したとされる農書『百姓伝記』には、カニの塩辛を濾した汁で総菜を煮たり、汁物の味噌の代わりに使ったり、貝の塩辛を包丁でたたいて野菜や海藻と和えて食べたりしたという記述がある。また伊豆諸島では近年まで、ムロアジ、サバ、カツオなどを原料とする「ショッカラ」が作られていて、これをアシタバやサトイモ、ズイキなどを煮る調味料に使ったそうだ。
こうした日本の塩辛文化は相当に古く、10世紀の法令集である『延喜式』には、サケの腎臓を塩辛にした「鮭背腸(サケノミナワタ)」やアワビの身と腸を塩辛にした「腸漬鰒(ワタヅケノアワビ)」が登場する。
また、12世紀に成立した宮中行事についての書である『類聚雑要抄』の儀式料理の絵には、キジの内臓、クラゲ、ホヤ、ユムシの塩辛が描かれている。さまざまな料理を、これらの塩辛で自分の好みに味つけして食べたと考えられている。
韓国でポッサムを食べていると、古代日本の貴族たちも同じように塩辛で味つけをしてごちそうを食べていたのではないかと、想像がふくらむ。
<文/松田睦彦
(国立歴史民俗博物館)>