中国と陸続きの香港は、なぜ新型コロナ感染拡大を抑えられたのか? 香港政府の対応から見る安倍政権の愚鈍さ

 新型コロナウイルスによる新型肺炎はアジアから欧米に中心地が移動したが、中国と距離的に近い公表された数字の上ではまだギリギリ踏ん張っていると言えるだろう。安倍首相は4月7日に緊急事態宣言を発令したものの、19日時点の日本の累計感染者数は1万274人で、死者は223人。日本の半分ほどの人口であるイタリアなどと比較しても、いまのところ少なくとも発覚している感染者は少ない。
人もまばらな香港のショッピングモール

人もまばらな香港のショッピングモール

 だが、日本以上に感染拡大を食い止めているのは、中国と陸続きの香港だ。逃亡犯条例改正案によるデモの見通しが見えない中に発生した新型肺炎だが、2003年に猛威をふるった重症急性呼吸器症候群(SARS)の経験を生かして、19日現在で感染者数を1024人に、死者を4人に抑えている。香港の人口は約750万人のため日本と単純比較はできないが、中国と陸続きであり、武漢から空路なら2時間という近さを考えれば、感染者の少なさは際立つのだ。

SARSの悪夢を教訓にした香港

 背景にあるのは、SARSの悪夢だ。中国南部を中心に起こったSARS禍では世界30か国以上で8000人超が感染し、死者は774人にのぼったが、香港はその半数近くを占める299人の死者を出した。このときに香港は、感染防止以外にも「2次感染の拡大をどう防ぐのか」が最大のポイントになると学んだ。九龍のホテルに宿泊した中国の医師がスーパー・スプレッダーとなり、多数の宿泊者の感染が確認されたからだ。  2003年と今回の新型肺炎騒動における最大の違いは、中国の経済力と香港を訪れる中国人観光客の数だ。2003年当時、中国本土の人は香港に行くにはビザが必要で中国観光客はほとんどいなかった。その後、年々、ビザ緩和され、2019年だけで中国から香港への観光客数は年間4400万人にも上る。そのためには感染拡大防止には、矢継ぎ早の対策で中国本土から香港へのアクセスをどうブロックするのかが重要となった。  言うまでもなく最初は武漢対策だ。香港と中国本土を結ぶ高速鉄道は2018年9月に開通し、現在、香港-武漢間を1日2往復している。その所用時間は約5時間で東京-博多間とほぼ同じだ。さらに、飛行機はキャセイパシフィック航空や中国国際航空などが香港-武漢間で1日4便ほど飛ばしており、所要時間は約2時間。東京国際空港(羽田)-鹿児島間と同じ長さで観光としては気軽に訪れる事のできる距離と言えよう。  香港政府のトップ、林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は1月25日の旧正月初日に武漢からの飛行機、高速鉄道の往来を無期限に停止し、税関での健康カードの提出を義務付けた。学校は旧正月休みに入っていたが2月17日に開校することを決定。その後、感染拡大があったため数回延長されて4月19日までは休校措置を続けることになっている。  1月27日からは湖北省を訪れた人と武漢を含む湖北省の住民は香港市民を除いて入境できないことを決め、1月30日には湖北省どころか中国本土から戻ってきた香港人にさえ14日間の自主隔離を求めた。その後も、徐々に香港に入る条件を規制して3月25日からはすべての国・地域から香港に入ろうとうする非香港居民が空路で香港に入ることはできなくなるなど事実上の鎖国に入った。  さらに3月27日には公共の場で5人以上集まることを禁止したほか、バー、カラオケ、ゲームセンター、フィットネスジム、映画館などを14日間封鎖するという措置も取った。  リモートワークを日本政府も推奨しているが、香港はSARSの経験を生かして、民間のみならず公務員までも緊急性を要する業務以外の在宅勤務を実施エレベーターのボタンにはビニールシートが張られ、2時間に1回消毒するという感染対策がSARS以来、復活した。店やオフィスビルに入るには、入口で検温もされるところが増え、一部では手の消毒までも取られる店もある。
ビニールシートが張られたエレベーターのボタン

ビニールシートが張られたエレベーター。2時間に1回のペースで消毒される

日本と同じく香港には消毒液が備え付けられたモールが多数ある

日本と同じく香港には消毒液が備え付けられたモールが多数ある

 実は、香港市民の対応は、香港政府以上に早かった。1月末の時点でマスクの着用率はほぼ100%。マスクを着用せずに外出しようものなら白い目で見られ、時に「付けるように」と注意されるほどだった。  日本では、ダイヤモンドプリンセス号のことがあってもどこか「他人事」だった新型肺炎が、志村けんさんが亡くなったことでやっと「自分事」だと危機感を持った印象だ。それでもマスク着用率は香港と比べると明らかに低い。拡大期においてのマスク着用は感染防止というより「他人に感染をさせない」という目的があるが、SARS禍を経て香港市民はその重要性を身に染みて学んだのだ。

日本より早いのに市民から批判される香港政府

   林鄭行政長官にとっては、新型肺炎の感染防止策が昨年から続く大規模な民主化デモでの「失点」を回復するチャンスだった。実際、2月1日になってようやく中国・湖北省滞在者の入国拒否を決めた日本政府と比較すれば、対応は早かった。  しかし、香港市民の評価は逆だ。林鄭行政長官が税関の完全封鎖を頑なに拒否し続けたからだ。中国本土と香港を結ぶ出入境ポイントは計14か所あるが、1月30日にはそのうち6か所を封鎖。2月4日に追加で4か所を封鎖したが、結局、最後まですべての出入境ポイントを封鎖することはなかった。中国との完全な断絶は、経済的にも政治的にも怖かったのだろう。  とはいえ、封鎖しなければ、中国本土からの流入は止まらず、感染拡大のリスクが増える。そこで医療関係者は「医院管理局員工陣線」を組織し、中国との税関の完全封鎖を求めて2月3日からストライキを実施。政府との話し合いも求めた。  言うまでもなく、医療関係者は感染対策の最前線に立つ人々だ。彼らがストライキを行えば、感染者への医療の現場が混乱することは避けられない。まず間違いなく、日本でストライキが起これば、「患者を見殺しにするのか?」と世論の反発を浴びることだろう。だが、香港市民は彼らの行動を支持した。現地の世論調査では約6割の市民が医療関係者のストに賛成していたのだ。2003年のSARSで多数の医療関係者が亡くなったことを、市民は知っているからだ。  しかし、林鄭行政長官は医療関係者や大半の市民が求める税関封鎖を拒否。2月8日になってようやく渋々、中国から香港に入るすべての人に対して14日間の強制隔離をさせるかたちで事実上の税関封鎖を決めたのだ。  いずれにしろ「市民の意見を相変わらず聞かない」、「香港を危険にさらす」という非難を浴び、彼女は支持率の回復のチャンスを逃した。驚くことに、2月末には林鄭行政長官の支持率は9%台にまで落ち込んだのだ。  香港市民に聞くと、「感染対策の遅さから、これまで青(親政府派)だった人も、黄色(民主派・反政府派)に変わり始めている」というから、新型肺炎終息後は中断してしまった逃亡犯条例を発端としたデモと絡めて、再びデモが起こる事はほぼ間違いないだろう。その背景には、政府が「5人以上集まってはいけない」という条項を使ってデモを封じ込めかねないという危機感もある。昨年10月の緊急状況規則条例(緊急法)の発動以降、林鄭行政長官は立法会(議会)を経ずに条例を制定できる権力を手中におさめただけに、政府と香港市民のせめぎ合いが続くのは必至だ。
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後手後手の日本政府。「香港だったら大暴動」
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