3つ目の欠如が、このような
女性の働く現場への知識にもとづいた政策だ。コロナ対策にとって、これは大きな障害になる。「濃厚接触を断つ」という対策の特徴から、対人サービス系の産業の働き手への支援は不可欠であり、女性はこうした産業で多数を占めるからだ。
総務省・経産省による2016年の「
経済センサス・活動調査」では、グラフのように、「医療・福祉」「宿泊業・飲食サービス」「生活関連サービス業・娯楽業」という対人サービス系産業が、女性が多い産業のトップ3になっている。製造業派遣の男性が脚光を浴びた2008年のリーマンショックの際とは様変わりだ。
すでに、医療・福祉の働き手は感染者や高齢者のケアで肉体的負担が急増し、後の二つの産業の働き手は感染拡大防止のため休業要請の対象となり、雇用主とともに経済的負担に直撃されている。
しかも、
働く女性の過半数は時給制の非正規であり、ここでも、休業は即、収入減と貧困を意味する。
首相の突然の「一斉休校要請」は、まさに、そうした働く女性の実態への無知が招いた政策として、ワーキングマザーを直撃した。それは、
働き手は仕事以外に、家族の世話も抱えているという単純な事実への無知だ。ひとり親の自助グループ「しんぐるまざあずふぉーらむ」のアンケート(4月2日~5日実施)でも、これらの感染対策の影響で47%が減収、7%が収入がなくなると回答、一斉休校で休んだ人のうち、休業補償がもらえたのは23%にすぎない。
また、緊急経済対策の目玉とされた現金給付も支給は「世帯主」の収入が基準で、共働き家庭の妻の月収が激減しても、「世帯主」でないことが多いため補償の対象にはなりにくい。給付対象も「世帯主」だ。妻がDVの被害にあい、住民票を移さないまま子供をつれて逃げている場合は給付を受け取れない。「世帯主が一人で一家を扶養する」という、
少数派となった伝統家族が相も変わらずモデルになっている弊害だ。
国連のグテーレス事務総長は4月9日、新型コロナ問題が男女平等の流れを逆転させかねないとする
報告書を立ち上げたと
発表。女性のリーダーシップと貢献を中心とした対策を推奨しているとした。ここでは、世界の女性の60%近くが非正規や零細自営などの非公式な形で働き、収入も貯蓄も少なく、貧困に陥るリスクが高いこと、企業の閉鎖で何百万人もの女性の仕事が消えたこと、学校閉鎖や高齢者のニーズの増加の結果、女性の無給の介護負担が大幅に増えていること、などが指摘されている。
日本の場合、とりわけこうした視点からのコロナ対策が必要だ。女性の意思決定への参加度を示す「女性活躍度指数」のランキングで2019年、日本は、過去最低の121位に下がったが、
足を引っ張っているのは政治家比率の低さだ。そこでは、女性が従事する仕事への偏見や、家族のケアを抱えて働くことが多い女性への視点の不足で、女性も含めた対策が見落とされがちになるからだ。
「風俗除外」は、そんな土壌から生まれた。
政権が、そして私たちが、このような偏見・差別が感染対策に及ぼす弊害に向き合わなければ、今後も形を変えて同様の事態が繰り返され、対策は的を外し続けるだろう。
<文/竹信三恵子>
たけのぶみえこ●ジャーナリスト・和光大学名誉教授。東京生まれ。1976年、朝日新聞社に入社。水戸支局、東京本社経済部、シンガポール特派員、学芸部次長、編集委員兼論説委員(労働担当)、和光大学現代人間学部教授などを経て2019年4月から現職。著書に「ルポ雇用劣化不況」(岩波新書 日本労働ペンクラブ賞)、「女性を活用する国、しない国」(岩波ブックレット)、「ミボージン日記」(岩波書店)、「ルポ賃金差別」(ちくま新書)、「しあわせに働ける社会へ」(岩波ジュニア新書)、「家事労働ハラスメント~生きづらさの根にあるもの」(岩波新書)、「正社員消滅」(朝日新書)、「企業ファースト化する日本~虚妄の働き方改革を問う」(岩波書店)など。2009年貧困ジャーナリズム大賞受賞。