有限会社ライフスペースは、80年代に大阪で設立された自己啓発セミナー会社だ。当時、この手のセミナーが一大ブームとなっており、ほぼ同じ内容のセミナーを開催する会社がいくつもあった。その数は全国に100社以上あったとする説もある。
この手の自己啓発セミナーは、60~70年代にかけてアメリカでブームとなった民間の複数の心理療法をマルチ商法のセールスマン向け研修を開催していた業者が取り入れ、マニュアル化し、「本当の自分を見つけるセミナー」などの謳い文句でマルチ商法と無関係な一般の人々にも提供するようになったものだ。
日本には1977年に上陸。「
ライフ・ダイナミックス」という名のセミナー会社が草分けとなった。
同社のセミナーは、主に3つのコースで構成されていた。1つ目は、3日間程度の通いで参加する「ベーシック・コース」(9万5,000円)。次が「アドバンスコース」(4日間合宿、26万円)で、3つめが「インティグリティ・ネットワーク」(約4ヶ月間、通い、7万5,000円)。合計で43万円もする高額なものだ。
「ベーシック」と「アドバンス」は、レクチャー、瞑想、レクリエーションのようなゲーム(実習)などを通じて、自分の生き方やコミュニケーションのあり方を見つめ直し、ビジネスや人生の成功を手に入れると称するものだ。心理療法のテクニックをごちゃ混ぜにした、心のトレーニングのようなものだ。
たとえば瞑想しながら幼少までさかのぼって親との関わりを思い返していく実習では、終盤にトレーナーが「ずっと言いたかったことを声に出して見てください」などと煽ると、受講生たちは「お母さん!」などと各々に叫びながら涙を流したりする。受講生同士で、相手の悪い面を言い合わせたり、逆にいい面を言い合わせたりする。もちろん罵声も飛び交う。真剣にやっていない受講生は吊し上げに合う。こういったことを、朝から夜まで缶詰になって延々と繰り返す。
私の知人で漫画家の村田らむ氏が、ライフ・ダイナミックスではないが同種のセミナーに潜入取材をしたことがある。それ以前にオウム真理教(アレフ)にも潜入し、オウムの修行も体験したことがある村田氏だったが、自己啓発セミナー受講直後に会ってみると、かなり様子がおかしかった。目は血走り、セミナーで叫び続けたせいか声はガラガラ。
「あれはヤバい。オウムは、課題は与えられるけど修行は個々人でそれぞれがやる。でも自己啓発セミナーは集団で同じことをして、実習にしっかりのめり込まないとすぐ怒られる。適当にやってるふりをするということができないから、オウムよりキツい」(村田氏)
批判的な物言いをしているのに、目を見開いて半笑いで興奮しながら話していた。百戦錬磨の潜入ライターが、完全に狂ってしまっていた。
このセミナーには台本のようなものが存在している。セミナーをリードする「トレーナー」やアシスタントたちはこれに従って、数十人から多いときには200人にもなる受講生たちを操る。
「心理学の知識なんて必要ない。もちろん抑揚をつけた話し方など、人によって上手い下手はあるが、分厚いマニュアルの中身を丸暗記してその通りやるだけで、基本的に受講生たちはわめいたり泣いたりする。マニュアルさえあれば誰でもできる」(ライフスペースの元幹部)
部屋の明かりを落とすタイミング。BGMのタイミングや曲目(中島みゆき、松山千春、さだまさしなどのフォークソングがよく使われた)。それら全てマニュアル化されており、心理療法のテクニックが使われているが心理療法を学んだことなどない「トレーナー」がセミナーをリードする。
参加者の大半は知人などからの「紹介」で参加する。各コースの最後には「卒業式」がある。トレーナーの指示で、受講生たちは目を閉じ、それまでの数日間の「感動的」なセミナー体験を振り返る。
「このセミナーにあなたを紹介してくれた紹介者に、いまどんな言葉をかけてあげたいですか。それでは目を開けてください」
トレーナーの指示で目を開いた受講生の前には「紹介者」が立っている、というサプライズだ。紹介者の「おめでとう!」と言う言葉で、互いに抱き合ったり手を取り合ったりして喜び合う。傍目には何ということもない演出だが、それまでの数日間のセミナーで泣き叫び、ただでさえおかしなテンションになっている受講生たちは、松山千春の曲などが流される中で、涙を流して抱きしめ合う。
まるで見てきたかのように書いているが、自己啓発セミナーに参加したことがない私も、実は「紹介者」の手引でいくつかのセミナー会社に潜り込んで「卒業式」だけ見学させてもらったことがあるのだ。
自己啓発セミナーの卒業式