ここで問題になるのが、カネの出どころだろう。仮に国民全員に10万円を配るとしても、約12兆6000億円が必要になる。国債や借入金を合計した“国の借金”が1000兆円を超えている状況で、果たしてそんなカネを用意できるのだろうか。
「また国債を発行すればいいだけです。どうせその国債を日銀が買い入れるので、日銀がお金を刷って国民に配っているのと同じことになります。こういう政策は、空からヘリコプターでお金を降らせることを想起するため『ヘリコプターマネー』ともいわれますが、日本では前例があります。’09年にリーマンショックの緊急経済対策として『定額給付金』が国民1人あたり1万2000円配られていますから」
首相時代の’09年に行った1万2000円の現金給付を「二度と失敗したくない」と述懐。今回の現金給付に及び腰の麻生太郎財務相
この定額給付金は、当時首相だった麻生太郎財務相みずからが「二度と同じ失敗はしたくない」と泣き言を漏らすほど効果を上げられなかったいわくつきの政策だ。
「あれが景気刺激策にならなかったというのは、金額の少なさこそが問題。30万円だったらそのうちの何割かは消費に回るでしょう。つまり、給付をして消費が十分増えなかったら、もっと給付すればいいだけのことです」
ただ、世の中に出回るお金の量が増えれば、モノやサービスの値段が暴騰するインフレが懸念される。ヘリコプターマネーとインフレの関係について長らく研究を進めている、経済評論家の小野盛司氏に話を聞いた。
今回のコロナ危機に及んで20万円の給付を主張している小野氏は、日本経済新聞社が提供している経済分析ツールである「NEEDS日本経済モデル」を使い、国民1人当たり20万円、総額25.2兆円を配ることによる経済効果をこう試算している。
「1年後には名目GDPが12兆円、実質GDPが14兆円増えますが、消費者物価指数の伸びはわずか0.1ポイント、長期金利もたった0.03ポイントしか増加しません。よく批判されるハイパーインフレや国債の暴落のリスクはほぼないことが実証できました」
小野氏の試算結果のグラフ。給付額が、10万、20万、40万、80万円の場合のシミュレーション結果。80万円でも消費者物価指数は0.3ポイント増にとどまった
まとまったお金を配ることで、GDP増加という直接的な影響に加えて、国民の精神的な部分へのプラスも期待できると小野氏は言う。
「将来を不安に思い、節約や貯蓄に励むデフレマインドからの脱却こそが、いまの日本人には必要なんです。日本経済はここ20年以上にわたってデフレが続く“病気”の状態でしたが、医者である日本政府は、そんな患者さんをほったらかしにしていたんです。医者なら薬を出して様子を見ますよね。その最初の“薬”にあたるのが、この20万円なんですよ」
また、この実験が成果を収めれば、ゆくゆくは毎月国民全員に所得保証として一定額の現金を支給する制度「ベーシックインカム」に繋がる可能性もあるという。
「仕事は嫌だけれども、生活のためにやむなく働くのではなく、国民それぞれが本当にやりたい仕事をやってもらう。そのために、生活費を国家が配る社会が理想でしょう。もちろん少子化問題にもプラスに働く。若者が結婚しない理由は、経済的な将来不安。非正規職の人は結婚したくてもできませんからね。ある程度、生活が保証されるようになれば、婚姻が増え、子供も生まれると思いますよ」
小野氏によると、野党議員時代の菅義偉氏と安倍晋三氏は、「政府紙幣及び無利子国債の発行を検討する議員連盟」を発足させていた。菅氏にいたっては、’09年2月1日のフジテレビの政治討論番組『報道2001』で「政府紙幣を発行し、国民一人当たり20万円を配る」と発言していたという。総理と官房長官の要職に就いているいま、有言実行を果たしていただきたい。