しかし、起業の手続きは煩雑だ。留学生にできるとは思えない。
「そこで登場するのが日本人の行政書士や司法書士だ。行政書士はビザ申請、司法書士は会社設立を代行する。それぞれ相場は20~30万円程度。行政書士に経営管理ビザの取得を、司法書士に会社設立を頼んだら50万円以上かかるだろう。
会社の設立には最低500万円の資本金が必要だが、実際の手続きでは残高500万円の通帳をみせるだけだから、友人知人から借金をして、手続きが済んだらすぐに返せばいい。
もちろん留学生が起業したり、行政書士や司法書士が仕事としてそれを支援すること自体を否定するつもりはない。ただ、中には問題があるケースがあることも事実だ」(沼田)
確かに今回のケースでは、A社長がチャムさんを他の職場に派遣しようとした際、「必要な書類は行政書士が用意する」と言っていたという。外国人が資格外活動を行うことは違法だが、不法就労に手を貸そうとしていた行政書士がいることになる。
しかし気になることがある。今回、チャムさんは来日したあとに就労を拒否されたが、最初から雇用するつもりがないなら、どうして契約書まで交わしたのだろうか。
「おそらく実績がほしかったのだろう。経営管理ビザを更新する際は業績や役員報酬の金額などがポイントになる。従業員を雇っていれば、ビザ更新にプラスになると考えたのではないか」
なるほど、それなら雇用契約を結んだのに、実際には雇用しない説明がつく。A社長がチャムさんを自社から他の職場に派遣させようとしたのも、自社の社員であるという体裁を崩したくなかったからだろう。
もう一つ気になるのは、ブローカーの存在だ。今回、チャムさんはBさんを通じてアパレル会社に就職したというが、実はBさんはリサイクルショップの従業員だったという。
「メディアではよく『ブローカー』という言葉が使われるが、その実態は非常に曖昧だ。ベトナム人の場合、確かにブローカーを生業とする業者もいるが、副業として知り合いから頼まれた求人や仕事の紹介を請け合って小遣いを稼いでいる場合も多い。友人の頼み事を聞いて、気持ちばかりのお礼をもらったということもあるだろう。知り合いの知り合いというように、伝手をたどって仕事を紹介してもらったら酷い目に遭ったということもある。ブローカーと知り合い、友人知人の境界線は非常に曖昧だ。いずれにせよ、フェイスブックをいじるだけで税金がかからないカネが稼げるから、ベトナム人同士の間では当たり前のことだが、今回のようなトラブルは少なくない」
「そこからチャムさんのように、大卒で正規の労働者として来日するベトナム人も増えている。これまで外国人労働者をめぐっては技能実習生や留学生の問題が中心だったが、これからは正規労働者の問題も出てくるのではないか」
幸いチャムさんは支援者の手を借りて、無事に転職することができた。転職先を訪ねた際、チャムさんは社内を案内しながら「本当に安心した」と話していた。
「一時はどうなることかと不安で仕方がありませんでした。でも、沼田さんや今の社長さんなど、優しい人が助けてくれた。社長はちょっと怖いところもあるけど、とても親切です。感謝してもしきれません。これからしっかりと勉強して、このまま日本で働き続けたいと思っています」
今回、チャムさんがトラブルに巻き込まれた背景には、留学生の問題やブローカーの問題、不法就労の問題、正規労働者の問題など、さまざまな問題点が複雑に絡み合っている日本の状況がある。車で最寄りの駅に送ってもらったあと、沼田氏はポツリと呟いた。
「政府が外国人による労働制度を見直さない限り、日本に来て涙を流すアジアの若者は増える一方だ。これでは日本人として申し訳がない……」
<取材・文/
月刊日本編集部>
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