―― しかし、大企業の手によって民営化したほうが事業は「効率化」しますよね?
岸本:その効率はどこからくるものだと思いますか。要は、
人員削減や賃金カット、そして必要な設備投資の先延ばしによって、数字が改善したように見えるだけです。
あるいは
災害対策に必要な経費を削減するわけですよ。もし災害が起こって水道管にトラブルがおこれば、公営の場合は水道職員が真っ先に現場に駆けつけます。しかし、民間企業であれば、危険を顧みずに現場に駆けつけるようなことは絶対にしません。そんなことをしても利益にならないからです。
結局、
民間企業の「効率化」のツケは、その地域にまわってきます。水道を管理できる人材が自治体から消え、徴収された水道料金は、グローバル資本に吸い取られ、町の外に流れていく。
水道民営化とはすなわち、
人材もお金も失う、地域窮乏化政策です。そのうえ、さらに高額な水道料金という負担を地域住民全員が強いられるのです。
―― とはいえ、水道料金が多少あがっても、影響は限定的なのではないですか。
岸本:一般に、上下水道料金が世帯収入の3%超えると支払いの負担を大きく感じ、5%を超えると支払いが困難な状態に追い込まれると言われています。この状態のことを
「水貧困」(water poverty)と呼びます。
水道を完全民営化したイギリスでは、2011年の段階ですでに、収入の3%以上を上下水道料金にあてている世帯が23.5%、収入の5%以上をあてている世帯は1割にも達していました。今はもっとひどいと思います。(ヨーク大学研究プロジェクト「イングランドとウェールズにおける水貧困」より)
「水貧困」に苦しむ家庭では、トイレの水洗やシャワーの回数を減らすなど極端な節約を強いられていて、社会参加に支障をきたすほどです。
「水貧困」は、社会の分断につながっていくのです。
日本でも民営化後の水貧困の蔓延は、リアルな可能性として考えたほうがいい。年間の上下水道料金が9万円、月額で7500円ほどになると、年収300万円の世帯は水貧困に陥りますが、現状月額5000円程度の水道料金が1.5倍になるだけで、そうなるわけです。
―― 欧州で水道民営化への批判が強くなっている中、なぜ日本は周回遅れの民営化に踏み切ったのでしょうか。
岸本:インフラの老朽化に対応する財源がないことが表向きには理由にされていますが、
五輪やカジノ、リニアといった無駄なものにお金が使われている現状からすると、これは正しい説明にはなっていません。
むしろ、水メジャーの視点から見たほうが分かりやすい。
欧州の市場が縮小しているために、新たな市場として日本を見出したという側面が否定できないからです。欧州では水道民営化のデメリットが知れわたり、新たな民営化の契約を獲得することが難しくなっています。数十年にわたる契約の満期を迎えた自治体も、契約の更新をせず、再公営化を選ぶようになってきています。
また、水メジャーにとって日本市場は魅力的。水質もよく、漏水率もわずか5%前後。少ない投資で多くの利潤の見込める大都市もたくさんある。たとえば東京都の水道局の純利益は333億円です。
さらにいえば、水メジャーは水道以外の公共サービスも狙っています。彼らは複合企業化しており、交通やゴミ処理、清掃など、様々な公共サービスのアウトソーシングを受注したり、民営化したサービスの経営を手がけたりしています。日本は欧州に比べて公共サービスの民営化が進んでいないので、新たなビジネスチャンスの宝庫なのです。
しかも日本政府が民営化ビジネスの市場を7兆円規模にまで拡大させる方針を打ち出しています。ようは日本の国家の指導層とグローバル資本が結託しているのです。それに対抗して、市民が地方自治体とともに立ち上がってNOといえるかどうかが分岐点です。