「旗国主義の穴」と報じる日経新聞の罪深きミスリーディング

日英の二国間条約があるのに寄港を拒否できるのか

 この「旗国主義の穴」というミスリーディングな言説は、日経新聞という巨大メディアの影響力もあり世論を一人歩きしている。遂には、23日のNHK「日曜討論」において日本維新の会の浅田政務調査会長が「クルーズ船への最善の対応は日本への入港を拒否することだった。旗国主義に基づいてイギリスの法律に従い、そこに自衛隊が救出に行くのが最善のシナリオだった」と述べたり、25日の財務金融委員会において自民党の麻生財務大臣が「(ダイヤモンド・プリンセス号について)船籍はイギリスです。船長もイギリス人(※1)。イギリスは何一つ発言しない。だってこれはもともと責任はお前らじゃないの?」と発言した。  浅田政務調査会長の「ダイヤモンド・プリンセス号を入港拒否すべき」という発言に対し、水田氏は「確かに、慣習国際法上、外国船舶には他国の港に入港の権利がないとされています。ただし、二国間条約があれば、話は別です。  日本はイギリスとの間に、日本国とグレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国との間の通商、居住及び航海条約を結んでおり、同条約第20条1項に『一方の締約国の船舶は、特に、次に掲げる権利を有するものとする。(a) 他方の締約国の領域内において、国際間の通商及び航海に開放されている全ての港、水域及び場所に自由に出入する権利』と記載されています。  ダイヤモンド・プリンセス号を入港拒否した場合、この条約規定に違反することをどう正当化するのかという問題が生じます」と指摘。  さらに、上記のような旗国に責任を押し付ける政治家たちの発言は、東京オリンピックを控え観光立国を目指す日本として適切なのか?  2013年、安倍政権は「観光立国実現に向けたアクション・プログラム」を公表し、その中で「海外のクルーズ船社が我が国港湾への寄港を検討するに当たり、一元的窓口がない、あるいは各種情報が不足しているとの声があることから、関係者の間で連携を図り、外国クルーズ船社に対応するワンストップ窓口を6月に国土交通省に開設したところであり、今後、 諸外国のクルーズ船社に周知し、クルーズ船の寄港を促進する。 クルーズ船の寄港増やクルーズ船の大型化に対応した旅客船ターミナルの整備等、引き続き必要なハード面の機能確保を図る」とクルーズの振興を謳った。  国土交通省の港湾局関係予算概要によると、『「訪日クルーズ旅客500万人時代」に向けたクルーズ船の受入環境の整備』と題し、2017年度には国費137億円(※2)が、2018年度は143億円(※3)、その2019年度は147億円(※4)と、毎年右肩上がりに予算を増やし、その結果、2013年には1001回だった日本へのクルーズ船の寄港数が、2018年には約3倍の2930回に増加した。外国船社が運航するクルーズ船に限ると、2013年の373回から、2018年には約5倍の1913回(※5)に増加している。  このように、外国のクルーズ船を招致するために多額の国費を使い港湾整備などを進め、クルーズ船の寄港推進を進めたのは日本政府である。それにも関わらず、問題の対応が取れなくなると旗国のせいにする政治家の発言は、日本の国際的な信用を下げるものであり、観光立国を目指すにあたり大きな痛手となるものだ。 ※1 ダイヤモンド・プリンセス号の船長はイギリス人ではなくイタリア人。 出典:ダイヤモンド・プリンセスの「勇敢な船長」に賞賛、隔離下で乗客励まし続ける(2020年2月20日)/AFP ※2 平成29年度 港湾局関係予算概要  ※3 平成30年度 港湾局関係予算概要  ※4 平成31年度 港湾局関係予算概要 ※5 2018年の我が国港湾へのクルーズ船の寄港回数及び 訪日クルーズ旅客数について(確報)

誤解を与えた日経の罪

 最後に水田氏は「旗国が規制すべきなのにその意思や能力を欠く一方、沿岸国が手出しをできない、という状況であれば、日経新聞の記事タイトルのように『旗国主義の穴』といえます。しかし今回の場合、日本の管轄下で感染がわかり、日本が手出しできる状況だったので、旗国主義の排他性に起因する問題は生じていません。旗国主義の問題と感染症拡大の責任問題とは無関係といって良いです。旗国主義のせいで日本が大変なことになってしまったとの印象を与えるこの記事は、百害あって一利なし」と述べた。  読者に正しい情報を届けるのが、ジャーナリズムの基本であるにも関わらず、今回の日経新聞の記事は、専門家のコメントもなく、意図的かどうか判断できないが、巧妙に読者のミスリーディングを誘う記事となっている。  この記事がどのような意図を持って執筆されたかは、当事者でないのでわからないが、クルーズ船の対応を海外メディアから批判され、「なぜ日本が面倒を見なければならないのか?」と不満を抱いている人たちに迎合する形で書かれたのではないかと筆者は感じている。  この記事の結果として、上述の日本維新の会の浅田氏の発言や、麻生財務大臣の発言など、ネット上のみならず政治家までもが、内外から批判を浴びるダイヤモンド・プリンセス号における日本政府の対応の免罪符として、「旗国主義」という言葉を使っている状況だ。  このように日経新聞の当該記事は、ジャーナリズムというよりか大衆に迎合したポピュリズム的報道であり、もはや取り返しのつかないほど「旗国主義の穴」というミスリーディングを世に広めた罪深い記事である。 【参考文献】 山本草二『国際法(新版)』(有斐閣、1994年) 海洋法に関する国際連合条約(同志社大学国際法研究室) 国際保健規則 2005 仮訳(厚生労働省) <取材・文/日下部智海> <取材協力/水田周平>
1997年生まれ。明治大学法学部卒業。フリージャーナリスト。特技:ヒモ。シリア難民やパレスチナ難民、トルコ人など世界中でヒモとして生活。社会問題から政治までヒモ目線でお届け。Twitter:@cshbkt
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