「民主化の女神」がユーチューバーになった、その切実過ぎる理由

弾圧に次ぐ弾圧。折れぬ心

 ’16年の立法会選挙の後、香港の律政司(香港の法律行政を所管する官庁)は「香港独立」を主張する2人の民主派議員の議会宣誓に不備があったとして司法審査を請求。同年11月に中国の全人代が「規定に沿わない宣誓は無効で、直ちに議員資格を失う」とする香港基本法に関する“新たな解釈”を示したことで、2人の議員資格がはく奪され、さらにネイサンを含む4人の民主派議員の資格までもはく奪されたのだ。おのずと、アグネスは政策研究補佐の職を追われることになる。  ’18年の立法会補選で当選した民主派の区諾軒(アウ・ノックヒン)のもとでも政策補佐を務めたが、翌年12月のアウ議員の資格停止に伴い、またも彼女は職を追われている。前述のとおり、その立法会補選ではアグネスの立候補資格が停止されたため、その判断が不当だと訴えた結果、裁判所が「反論の機会を与えずに資格停止したのは手続き上、妥当ではなかった」と判断。当時の選管の判断ミスを口実に、アウ議員にも「当選不適当」が言い渡されたのだ。
ユーチューブ撮影時のアグネス

2月某日、アグネスがユーチューブ動画を撮影しているスタジオがあると聞きつけて、撮影現場を取材。デモシストのメンバーなど6~7名が動画制作を手伝っていた。日本語のテロップなどはアグネス自らが入力。「そのため、チャンネル開設前は徹夜続きだった」とか

「私が自分で自分のボスをクビにしてしまったようなもの……」  そう自虐的に話すアグネスだが、すっかり中国の傀儡となった香港政府の意向が働いたことは疑いようもない。というのも、発信力のある民主化運動家の彼女やジョシュア、デモシストの関係者は絶えず政府や親中派の監視の目に晒されてきたのだ。 「盗聴・盗撮は日常茶飯事。だから、デモシストの会議のときは、みんなのスマホを集めて別の部屋に保管して、賛美歌を流すなどの対策をとってきました。盗聴する人が、悔い改めてくれたらなぁとお経を流したこともありました(苦笑)。逮捕されたらスマホが没収され、データが抜き取られるので、情報を残しすぎないようにする必要もある。雨傘運動以降、私たちはずっとそうやって警戒しながら生きてきたんです」(同)

たどり着いた「生き残り」の策

 「周庭チャンネル」は、政党としての認可もえられず、選挙には出馬できず、議員のサポートもできず、政治弾圧に晒され続ける彼女がひねり出した生き残り策とも言える。 「私は今年で大学を卒業する予定ですが、フルタイムの仕事に就いてしまったら政治運動を思うように続けられなくなる。フレキシブルに働ける方法の一つとして、思いついたのがYouTuberでした」(同)  もちろん、YouTuberとして大成するにしても、大きな壁がある。香港の企業の大半が大陸と取り引きしている以上、香港企業の広告出稿はまず望めない。アンチや親中派と思しき人による、嫌がらせや誹謗中傷コメントも後を絶たない。政治をテーマにした番組は少なめだが、彼女の肩書はもはや数多のYouTuberの一人として振舞うことを許さない。  そんな閉塞状況をいかにしてぶっ壊すのか? おそらく中国当局までウォッチしているであろう「周庭チャンネル」の今後に注目したい! <取材・文/池垣完 撮影/初沢亜利>
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