SNSでの皮相なやり取り。「コミュニケーションの豊饒さを思い出して」/『うたのはじまり』監督インタビュー<映画を通して「社会」を切り取る12>

樹君の産声に「何て言ってるの?」

――齋藤さん自身にフォーカスを当てて撮影を始めたのは何がきっかけだったのですか? 河合:はじめて齋藤さんの奥さんの麻奈美さんと会ったときに、齋藤さんが麻奈美さんと手話で会話していたのですが、その様子が美しいダンスのようで一瞬で魅了されました。  その時が、彼らを撮りたいと思った瞬間でした。既に麻奈美さんのお腹には新しい命が宿っていたので、3人との出会いだったんですね。  そして後日、再会したときには、麻奈美さんの出産の様子から皆さんを撮りたいと伝えました。
©2020 hiroki kawai SPACE SHOWER FILMS

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 それで出産の現場も奇跡的に立ち会えたのですが、息子の樹君の産声が上がった時、齋藤さんに「何て言ってるの?」と聞かれて、答えられなかったんですね。その時に「声」や「うた」って何だろう?という自分に対する問いが直感的に生まれて。樹君が生まれた時に感じたその問いが、テーマにつながりました。 ――『うたのはじまり』はうたが苦手だった齋藤さんが、樹君に子守歌を歌ったことを軸に「うた」とは何かを探るドキュメンタリーになっています。予告編にも流れているお風呂の中で齋藤さんが子守歌を歌うシーンは予想していたのでしょうか? 河合:齋藤さんの子守歌は日々変わっていると思いますが、僕が齋藤さんの子守歌を初めて聴いたのはあの時でした。設定したテーマに沿ったシーンが本当に撮れたというか、びっくりしましたね。 ――齋藤さんはご自分の著書『異なり記念日』の中で、聴者の樹君が音楽を聴いて喜ぶのを見て「異なることが嬉しい」と述べています。それについて映画を撮り終えた今、どのように考えていますか? 河合:異なることを認め合うことがお互いを尊敬することなんだと感じました。僕はドキュメンタリーの映像作家として、被写体と同じ視点でいることを心掛けてきましたが、そうでなくても、相手を尊敬できるということを学んだ気がします。  それは飴屋さんに映画の感想を言われて気が付いたことなのですが、「異なり」を認めることが大事なことだと感じました。 ――朗読劇や七尾旅人さんのライブを撮影するなど河合監督は音に関わる被写体を追っていますが、その理由についてお聞かせください。 河合:鬱々としていた高校生や大学生の時に音楽に救われたということが一つあります。  そして、本格的に被写体を追い始めたのは震災後ですが、震災が起きた時、自分もひとりの表現者として何ができるかを自分に問うたんですね。ありのままの被災地を映すのではなく、そうした事実に向き合うべくがむしゃらにあがく表現者を追うことが、自分にとって一番リアリティのある行動、なのではと思いました。  震災後に大きく活動の仕方を変えたり、必死に表現をし続ける古川日出男さんや七尾旅人さんが近くにいらして、そうした人たちが、「声」や「うた」などの音楽的な表現をすることが多かったんですね。僕は彼らを撮影するところから、自分の映像作家としての自覚を持ちだしたのだと思います。 ――映像を撮り始めた頃と何か変化はありましたか? 河合:僕は「まず誰かに寄り添う」ということから映像を撮り始めたので、ドキュメンタリーに憧れや師匠みたいな方は最初はいなくて、ドキュメンタリー作家としての自覚もなかったんですよね。  最近、ようやく自分のやっていることがドキュメンタリーだと感じています。この作品でそれを実感したことが一番の変化でした。

コミュニケーションについて見つめ直してほしい

――この作品で河合監督が観客の皆さんに伝えたかったことについてお聞かせください。 河合:先程も話に出ましたが、「うた」やコミュニケーションの手法といった、根源的なことを見直すきっかけになればいいと思います。とても原始的で大切なことが齋藤さんといると学べるんですね。  SNSのやりとりなどを見ていると、現代の人たちのコミュニケーションは軽くて表層的なコミュニケーションを取りがちなように感じています。観客の皆さんも、映画の中の齋藤さんのコミュニケーションの豊饒さや一言一句の発言の強さなどを見れば、大切なことを思い出してくれるのではないでしょうか。 ――お二人に聞きます。今後、取り組んでみたいテーマは何でしょうか? 河合:今のところはっきりしたものはありませんが、今までずっと人との縁を大事にして作品を撮ってきたので、きっと次のテーマもすぐに立ち上がってくると思います。  現在32歳ですが、自分にとって今年は変化の年で、周りも結婚して家庭を持ち子どもができる中で、社会のことや未来が気になります。そうした中で必然的に「家族」などの自分の身近にある大切なものに触れる機会が増え、考えざるを得ないテーマが浮かび上がってくる予感はしています。 齋藤:今は子どもと大自然を感じる場所を旅して撮影する「神話」シリーズの作品に取り組んでいます。これは7年越しのテーマですね。まずはそれを完成させたいと考えています。 ――インターネットで自分の興味のあることにしかアクセスしない人が増える一方、SNS等でも個人で気軽に情報発信することが可能になっています。そうした中で、映画やドキュメンタリーなどの「作品」を作って発表することについてどのように考えていますか? 齋藤:「作品」には、情報発信や配信にはない存在感の深みがありますよね。それはこの世の中になくてはならないものですし、自分の体を通してそうしたものが生み出せるという喜びは何ものにも代え難いものだと思っています。 河合:先程、コミュニケーションの根源を見直すという話をしましたが、そうした経験は誰かが「作品」を作って体感させてあげないと伝わらないのではないかと。体験や物の質感、温もりをしっかり伝えていきたいし、そうした姿勢が必要だというリテラシーを作っていくことが大事だと感じています。 <取材・文/熊野雅恵>
くまのまさえ ライター、クリエイターズサポート行政書士法務事務所・代表行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、自主映画の宣伝や書籍の企画にも関わる。
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