『ミッドサマー』明るい地獄なのにホラー映画ではない「3つ」の理由

2:主人公の視点に立てば“失恋ムービー”になる

 前述したように、『ミッドサマー』の物語の導入部は典型的なホラー映画とも言えるものだが、ジャンルに関してアリ・アスター監督は「僕はこの映画をホラーだとは一切思っていない」と断言している。  では、アリ・アスター監督が本作をどう捉えているか?と言えば、制作中はジャンルのことを考えていないことを前提としつつも、“ブラック(ダーク)コメディ”とも捉えられる、もしくは主人公の女性の観点では“おとぎ話”であり、“失恋ムービー”でもあるのだと考えているのだそうだ。  中でも重要なのは“失恋ムービー”ということだろう。何しろ、主人公とその彼氏の関係が(主人公の家族の不幸のこともあり)、あからさまにやり取りがギクシャクしていて、彼氏はやがて彼女に対しとある“やらかし”もしてしまうのだから。客観的に見て、「このカップルは別れたほうがいいんじゃないか?」と思ってしまうだろう。
(c)2019 A24 FILMS LLC. All Rights Reserved.

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 さらに、その彼氏が連れている友達は、女性である主人公がそばにいても性的なジョークを口にしている、男性権威主義的ないやらしさを感じさせる存在だ。主人公は精神的に不安定な中、男性ばかりの不健全な人間関係の中で行動せざるを得なくなっているのだ。  この人間関係が、白夜の祝祭に参加することでどのように変わっていくか……はネタバレになるので書けないのだが、その結末は主人公にとってはある種のカタルシスを感じさせるものでもあった、ということだけは告げておこう。  そこには、「映画という架空の物語(おとぎ話)の中でだけでも、失恋をした(これからする)女性の気持ちを“整理させてあげる”」ような、逆説的な優しさすら感じさせた。間違いなく、フェミニズム的なメッセージも込められているのである。これは、確かにれっきとした失恋ムービーではないか!(広がっている光景は地獄そのものなのに!)  また、本作を“ブラックコメディ”であるともアリ・アスター監督は語っているが、確かに終盤のとある展開はひどすぎて、もはや笑ってしまう勢いに到達している。おそらく心の優しい人にとっては笑えないだろうが、他人の不幸が大好きだという底意地の悪い人にとっては大爆笑ものなのかもしれない(←偏見)。  このように、主人公女性の気持ちに寄り添って観てみると、“失恋ムービー”や“ブラックコメディ”だと思える部分が確かに際立ってくる、そう感じる人にとっては「怖くない」「ホラー映画じゃない」という印象が強まるとも思えるのだ。逆に言えば、主人公以外の男性キャラクターに自己投影をしている人にとっては、あの終盤の阿鼻叫喚の地獄を見て「怖いじゃねーかよ!」「完全にホラーだよ!」と憤慨するかもしれないが……。
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 なお、『ミッドサマー』は一部では“カップルで観ると別れる映画”とも言われている。そのことに対し、アリ・アスター監督は「固い絆で結ばれているカップルが観てもなんの問題もないと思いますが、別れたほうがいいと思うカップルが周囲にいたらぜひおススメしてください(笑顔)」と答えていた。この人はマジである。  筆者としても、本作はぜひカップルに観てほしい。信頼し合っているカップルであればむしろお互いの信頼関係を強固にできるきっかけになるし、ズルズルと関係を続けてしまっているカップルはスッパリと別れて前向きに人生を歩むきっかけにもなる。どちらにせよ、良い未来への足がかりになると冗談抜きで思える内容なのだから。  ちなみに、アリ・アスター監督は自身が付き合っていた彼女と別れた経験から、本作を“恋愛関係の終焉”や“人間関係の別離”の物語にすることを思いついたのだそうだ。実際の失恋の心の傷から、これほどまでにとんでもない映画を作り出すとは、この人の頭の中はいったいどうなっているのだろうか……。

3:ホラー映画というラベリングがもったいない理由がある

 アリ・アスター監督はこうも語っている。「僕は毒性のあるカタルシスが好きなんだよ」「1つの結論を示しながらも、しばらく頭の中に不穏な空気を放ちながら、漂っているようなね」「すっきり終わって、思い巡らせる要素もなく、すぐに日常に戻れるような映画は苦手だよ」などと……。  まさに、『ミッドサマー』の物語は「ひどすぎる地獄に思えるけど見方を変えればハッピー!」とも言える毒々しさに満ち満ちているし、ある種の“癒し”とも解釈できるものだ。それは同時に、頭の中で単純には整理できない複雑な心境にさせてくれる、観た後はすぐに心地よい日常には戻らせてはくれない、良い意味で“ずっと引きずってしまう”ものなのである。  そのことに限らず、明るい場所で起こる地獄そのものの光景と、土着の宗教のヤバすぎる“慣習”に巻き込まれてしまう流れが組みあわさることで、『ミッドサマー』は唯一無二と言える映画体験を与えてくれる。もはや「怖い」「怖くない」「ホラーである」「ホラーでない」という議論は脇に置いておいても構わない、その「こんな映画は観たことない!」という衝撃を積極的に期待して劇場に足を運んでほしいのだ。
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 なお、アリ・アスター監督は本作をホラー映画と呼びたくない理由について、もう1つ付け加えている。それは「ホラー映画というラベルをつけると、それだけで観ないという方が一定数いる」ということ。それをもって、「この映画はホラーが好きではない人にも楽しんでもらえる」「決して怖がらせようとしている映画ではない」とも明言しているのだ。  そうなのだ。確かに「ホラー映画は嫌い」と十把一絡げにジャンルについての苦手意識を持っている方はいて、短絡的にホラー映画というラベリングをしてしまうのは鑑賞の機会を逃すきっかけにもなる。その理由だけで、この『ミッドサマー』を観ないというのは、あまりにもったいない。むしろ「全然ホラーじゃなかった!むしろ癒された!」という方も確実にいると思える内容であるのだから。  ぜひ本作を観て、これは「ホラーなのか?」「失恋ムービーなのか?」「ブラックコメディなのか?」などと、良い意味でモヤモヤとしてほしい。その多様な内容の捉え方ができるということそのもの、人によって印象が異なるということが、『ミッドサマー』という映画の豊かさそのものなのだから。  願わくば、カップルでこの『ミッドサマー』を観た時に、お互いの印象や感想が違ったとしても、それを理由にしてケンカをしてしまうのではなく、その感性や気持ちを(関係性を強固にするにせよ別れるにせよ)見つめ直し認め合う機会になれば幸いだ。本作をホラー映画でないと信じるか信じないかは、あなた次第である。 【参考資料】 ラジオ番組「アフター6ジャンクション」2月17日放送 映画『ミッドサマー』アリ・アスター監督インタビュー 【インタビュー】『ミッドサマー』アリ・アスター監督、「自分が危機に瀕している方がいいものが書ける」シネマカフェ 2020年2月17日 「ミッドサマー」アリ・アスター初来日、「別れたほうがいいカップルに薦めて」映画ナタリー 2020年1月30日 <文/ヒナタカ>
雑食系映画ライター。「ねとらぼ」や「cinemas PLUS」などで執筆中。「天気の子」や「ビッグ・フィッシュ」で検索すると1ページ目に出てくる記事がおすすめ。ブログ 「カゲヒナタの映画レビューブログ」 Twitter:@HinatakaJeF
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