3:ダメ中年の切なさは、ちょっとわかるかもしれない
前述してきたように、本作は「おぞましくもはや滑稽でもある殺人鬼の日常を淡々と綴る」「その彼が同情されるような過去や理由は描かない」という、やや特殊なアプローチが取られている作品だ。
とは言え、フリッツ・ホンカが全く感情移入できない人物ということでもない。暴行および殺人をしていない時の彼の姿は、“ダメ中年”として世の中にありふれているとも思えるものだからだ。
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例えば、街で美少女を見かけてその後ろ姿をずっと見続けたり、老いた娼婦の独身の娘を狙おうと画策していたり、はたまた職場で女性と友達になろうとしていたり……年甲斐もなくそれぞれの女性へ執着する姿は、なんとも情けなくも切なくさせてくれたりする。そうして、少しだけ「気持ちわかるなぁ」と思わせておいて、あの身勝手な性暴力や殺人を繰り返すので、また「テメェ!」と心底怒りたくもなるのだが……
その“人間味”に、俳優の力が大きく貢献しているのは言うまでもない。フリッツ・ホンカを演じたのは、なんと現在23歳でルックスもイケメンな新鋭俳優のヨナス・ダスラー。特殊メイクを毎日約3時間をかけて仕上げていたという、醜い中年男の姿は本物としか思えない。ほとんど実在の殺人鬼に憑依したかのような名演を見せてくれるのだ。
フリッツ・ホンカは本来であれば同情してはならない、最低最悪の性的倒錯者の殺人鬼だ。しかし、人間関係が苦手であったり、苦い女性経験があるという人にとっては、その情けなさを見て「気持ちはわかるけどわかってはいけない」という複雑な心境になるかもしれない。
そうした気持ちや、「こういう人はいるかもしれない」というリアリズムを、恐怖(と黒い笑い)を持って体験することには、確かな意義がある。だからこそ、万人向けではないが、特定の人には“ささる”と強く思わせてくれるのが、この『屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ』なのである。
おまけ:『パラサイト 半地下の家族』との共通点も?
先日、韓国映画『パラサイト 半地下の家族』がアカデミー賞で作品賞を含む4部門を受賞するという歴史的快挙を成し遂げた。実は、同作と『屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ』には、共通点がある。
それは、薄暗い小さいコミュニティで生きる人々の姿が描かれていること、そして“笑える理由がピンポイントで似ているシーン”があるということだ。これは両作品のネタバレになるので具体的には書けないが、完全な偶然にして見事なシンクロ率なのでぜひ『パラサイト 半地下の家族』でクスッと笑ってしまったという方にも、『屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ』を期待して観てほしいのだ。
また、両作品とも、配給会社の
ビターズ・エンドが日本に送り届けてくれた映画だ。同社は決して規模が大きい会社ではないが、『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督作を継続して買い付けていたり、評価の高いエッジの効いた良作・傑作を続々と配給してくれている。ぜひ、公式サイトでラインナップを確認してみてほしい。今まで知らなかった良い映画との出会いも、きっとあることだろう。
<文/ヒナタカ>
第69回ベルリン国際映画祭コンペティション部門正式出品
監督・脚本:ファティ・アキン(『女は二度決断する』『ソウル・キッチン』)
出演:ヨナス・ダスラー、マルガレーテ・ティーゼル、ハーク・ボーム
2019年/110分/ドイツ
原題: Der Goldene Handschuh /英題: The Golden Glove
配給:ビターズ・エンド
HP:www.bitters.co.jp/yaneura
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