外国語以外ではどのようになっているのだろう。
「それ以外の科目については、AからFまで科目がわけられていて、Aに近ければ近いほど人文科学的、要は教育とか、心理とか、語学とかいったものがあります。Fにいけばいくほど理系っぽい科目が増えますね。それで、恒河沙の“逆評定”(東京大学唯一のキャンパスマガジン発行サークル時代錯誤社が発行する月刊誌『月刊恒河沙』と、同社発行の『教員教務逆評定』のこと)という冊子が四・五月くらいには発売されていましてね、それを見ると学生から見た教授の評価が掲載されているんですよ。それを見て向学心あふれる学生は難しい講義に行き、バイトばかりやりたい人は緩そうなところに行く、とかそういう感じでしたね。どちらにせよ、ルールとして駒場にいる間に一定単位数をとらなければならないというのがありましたね」
一つ明らかなのは、「とにかく科目の数が多い」ということである。三年以降の本郷に進むための必修科目もあるが、それ以外の科目も多く受けなければならないということだ。
「僕は第二外国語で中国語を選びましたが、入学当初は向学心にあふれていましたから、やたら外国語の授業をとったんですよ。ラテン語・ヘブライ語・上海語とか。ただ、こういう授業って同じ時間帯にかぶるんですよ。ですから、一応行ったのはラテン語だけでしたね」
それはそうだ。ヘブライ語なら筆者もテル・アヴィヴ大学で無理やりやらされたので多少知っているが、これはイスラエルの大学ならある意味当然だ(註:ただし、筆者でさえその後の人生でヘブライ語を使う機会など数えるほどしかない。ヘブライ語を知る人は、ほぼ例外なく英語が話せるからだ)。
日本で生まれ育ち日本の大学に行ってヘブライ語が役立つ場面などほぼ皆無だろう。同じく使い道が少なそうな上海語と時間が被るのは当然だ。
「あとは、独自でやっているゼミがあるんですよ。それこそ、去年亡くなった弊社取締役の瀧本(哲史)さんがやっていた
“Tゼミ”とか」
ここで出てくる「瀧本さん」とは瀧本哲史氏である。債務超過に陥っていた日本交通の再建に取り組み、エンジェル投資家・経営コンサルタントして数多くの業績を残し、「オトバンク」創業メンバーの一人でもあった。
『
武器としての決断思考』(星海社新書)、『
僕は君たちに武器を配りたい』(講談社)など数々の著書がベストセラーにもなった知の巨人だったが、昨年8月に47歳の若さで逝去した。久保田氏は14年間にわたり瀧本氏から薫陶を受けたことになる。久保田氏自ら書いた瀧本氏の追悼文がこちらである→(
瀧本さんとの14年)。
「ただね、教養課程といっても、毎日必死に勉強しなければパスできないかというと、そんなことは全然ないです。単位を取る、進級するだけなら試験の十日前か一週間前から駒場の図書館で少し根を詰めて勉強すればなんとかなります。そういうのは慣れていますから」
東大そのものが「受験の達人」の集まりなわけで、当然といえば当然である。
「理系と文Ⅲは点数で進める学科が変わってしまいますから懸命に勉強する人が多いですけどね」
次回は、久保田氏が受けて面白かった授業、教養課程の意義とは何かを紹介することとしたい。
<取材・文/タカ大丸>
ジャーナリスト、TVリポーター、英語同時通訳・スペイン語通訳者。ニューヨーク州立大学ポツダム校とテル・アヴィヴ大学で政治学を専攻。’10年10月のチリ鉱山落盤事故作業員救出の際にはスペイン語通訳として民放各局から依頼が殺到。2015年3月発売の『
ジョコビッチの生まれ変わる食事』は15万部を突破し、現在新装版が発売。最新の訳書に「
ナダル・ノート すべては訓練次第」(東邦出版)。10月に初の単著『
貧困脱出マニュアル』(飛鳥新社)を上梓。 雑誌「月刊VOICE」「プレジデント」などで執筆するほか、テレビ朝日「たけしのTVタックル」「たけしの超常現象Xファイル」TBS「水曜日のダウンタウン」などテレビ出演も多数。