これまで共通テストの数学と国語の記述式に反対してきた人のほとんどは、センター試験を手放しで褒めたたえてきたわけではありません。共通テストの内容を見て、現状の方が試験の質、採点の公平性、自己採点が確実にできる点で優れているから反対してきたのです。
さて、センター試験あるいは共通テストが「まっさらな状態」から見直されることとなりましたが、新しい検討委員会の委員が次のような点に気がつくことができるかどうかが一つの指標になります。私は数学の専門家ですので、数学の立場から少し踏み込んだ問題点を指摘しておきます。
私は、毎年、東京大学の入学試験の数学の解答速報を担当していますが、1次解答(清書する手前の解答)であれば理系と文系(東京大学では理科と文科という)あわせて70~90分程度で解き終わります。なお、試験の制限時間は、理系が150分、文系が100分で重複する問題もあります。しかし、センター試験の「数学I・数学A」「数学II・数学B」については、60分の制限時間の中の40分程度かかってしまいます。
東京大学の入試問題では、制限時間の半分も必要ないのに、センター試験では制限時間の半分以上の時間がかかってしまうことを不思議に思っている時期もありましたが、その後の分析で時間がかかってしまうにはいくつかの理由があることがわかりました。その一つは、やはり設問数が多いのです。もちろん、細かく分けて問い、設問数を増やすことは理解できる部分はあります。また、問題文を読む量が多いことも時間がかかる理由です。表面的には同じ形式の慶應大学理工学部の問題と比較しますと、印刷物ベースで、センター試験の問題は、慶應大学の2倍の分量を読まされます。しかし、慶應大学理工学部の数学の問題の制限時間は120分です。もちろん、慶應大学の問題は、かなり考えさせられる問題もありますから、制限時間の長さを単純に比較はできません。しかし、それを考慮してもセンター試験は読む量も多いので、共通テストで「太郎と花子」の会話文を入れなくても十分に一部の読解力は必要な内容になっています。
蛇足になりますが、この「太郎と花子」の会話形式の試験内容は、次期指導要領に沿ったものだと思われます。次期指導要領に基づいた試験であれば、まだ一考の余地はありますが、現在の指導要領では、学習する側も教える側も混乱しています。試験に会話文を入れ、「試験を変えることで普段の学習を変えていこう」という考え方は、理解できなくもないですが、果たして国が率先して「試験を変えて、学習内容を変える」と言ってよいのかは疑問です。
さて、問題の量に対して、制限時間が短いと、問題に対する反射神経が重要ということになりますから、数学の苦手な受験生に対しては「要領」とか「テクニック」と呼ばれるものが重宝されることがあります。今後は思考力を問うのであれば、もう少し問題を減らすか制限時間を長くするかなどの対応をとり、正しい思考でないとたどり着けない問題を入れていくことが望まれます。また、そのような問題を作成できる人は日本国内に多くいます。
以前、私は共通テストで実施しようとしていた記述はマークで問うことにしても変わりはないという発言をしました。確かに試行調査での記述式はそのような問題なのですが、一般のマーク式と短答型の記述式では以下のように少し違いがあります。実は、この違いは、記述式を賛成する人から私に対する反論意見が出ることを期待して、私はその反論を用意していたのですが、記述式に賛成する人からは以下のような意見は出ませんでした。
例えば、ある問題の答が「2√2-1」であったとします。この場合は、現在のマーク式では、「ア√イ-ウ」のようになります。
これは答の形を教えていることにもなります。なぜなら、もしも誤って、答が「√7-1」になったり、「2√2+1」となった場合は、このマークには入らないので、誤りであることに気がつきます。誤りに気がつくことはそれで大切なのですが、これが短答式であれば間違いと気づかずに答を書き込むことになります。
このようなことは、マークの欄を工夫することで解消できるので、今後、どのような変化が起こるのか注目したい案件です。
数学が苦手な高校生から見れば「余計なことを言うな」ということになるかもしれませんが、共通テストに「数学III」の試験がないのは本来おかしいことなのです。共通一次試験が開始されたときには「物理II」など1次試験に課されない科目がありましたが、現在ではそれも解消され、理系の2次試験の科目になっておきながらセンター試験の科目にないものは「数学III」くらいになりました。
しかし、「数学III」(次期学習指導要領では「数学C」も含む)については、センター試験および共通テストに課される様子は今のところありません。「数学III」は大学での数学などの自然科学の基礎となる部分が多く含まれる科目です。一部の私立大学の理系学部では、入試にセンター試験だけを課す大学もありますが、これは「数学III」の力は不問ということですから、本来あってはならないことです。そして、このことは「数学I」に記述式を導入することとは比べ物にならないくらい重要なことなのです。これまでも「数学III」を導入しようとしたが、いくつかの理由で見送られたという話も私の耳に入ってはきますが、それらは、本気で解決する気になれば、解決できることばかりでした。
さて、他にも細かな改善点、専門的な指摘はありますが、それは別の機会に触れましょう。今後、前回と同様に細かい作業を進めるための教科ごとのワーキンググループが結成されることでしょうから、それを見て変化があれば解説していきたいと思います。まずは、1月15日の第1回の検討委員会に注目していきましょう。
<文/清史弘>
せいふみひろ●Twitter ID:
@f_sei。数学教育研究所代表取締役・認定NPO法人数理の翼顧問・予備校講師・作曲家。小学校、中学校、高校、大学、塾、予備校で教壇に立った経験をもつ数学教育の研究者。著書は30冊以上に及ぶ受験参考書と数学小説「数学の幸せ物語(前編・後編)」(現代数学社) 、数学雑誌「数学の翼」(数学教育研究所) 等。