香港の若者たちはなぜまだ立ち上がれるのか? 彼らを支えた「ツール」<日本人がまだ知らない香港デモの実像>

熟議を深めるアプリの存在も

◆LIHKG(連登)  こちらはtelegramの即時的な情報共有に対し、議論をするプラットフォーム。日本で言うならば2ちゃんねるの進化系だ。デモにまつわる議論が必要な諸問題について、それを提起し討論。アンケートのような集計機能も備える。この投票結果を参考に、最前線の勇武派たちも民意を反映させながら、行動を決定しブラッシュアップしていく。これによりデモ隊と香港市民の意識の乖離や分断を埋めるとともに、意思決定の自由化、民主化、権力の分散に成功している。  リーダーの不在という、日本のオヤジジャーナル世代、BOOMER世代(ベビーブーム世代)には理解しがたい現在の運動体の根源はここにあると言っていいだろう。日本の「有識者」たちがすぐに鬼の首を取ったように指摘する運動のあさま山荘化、一部の人間による決定権の独占から生じるカルト化については、このLIHKG(連登)の存在が大きな反論材料となるすでに現場レベルで、ひとつずつ時代は変わっているのだ◆AIRDROP  iPhoneユーザーならご存知であろう、iPhoneを始めとするAppleのガジェット同士で画像や動画を共有できるシステムのこと。こちらも2019年の香港デモで衝撃を受けたツールのひとつだ。デモやオキュパイなどの現場に行くと、誰からともなく、 AIRDROPで次の集会の予定などが飛んでくる。これにより紙を刷ってビラを作る一工程が短縮され情報の伝達はより加速した。

合理性と非合理性のはざまで

壁を乗り越える若者  しかし、いくらツールが発達していても結局、それを使いこなすのは人間である。ある30代の香港人女性Cの言葉にヒントがあった。 「私たちの世代は小学校の授業からExcelを学んできたし、個人的にはPhotoshopも小学校から使っていた。そういう人は多いと思う」  1995年、私が中学生の頃、Windows95の発売があった。あれから25年。日本ではインターネットを「消費」に使う発想がいまだに主流だが、香港ではネット黎明期から「生産」のために使うという教育がなされてきたようだ。それは金融を経済の主柱とした都市国家として本寸法の道筋であったのだろう。子供の頃からExcelやPhotoshopを使うことは、実際にその技術を習得するというメリット以上に、優先順位、プライオリティを選び取る力、合理的な取捨選択能力の基礎を育んだのでははないだろうか?  いきなり古い話になるが、1954年の名画、黒澤明監督の『七人の侍』のなかに、「野伏せり来るだぞ!首が飛ぶつうのに、ヒゲの心配してどうするだ!」というセリフがある。野武士の襲来を前に、小さなことで狼狽える村民を長老が一喝する名台詞である。これは共同体としてのプライオリティを考え行動せよ。という目的達成のための原理原則を捉えた名シーンだ。実は私自身、この3年、日本国内のいくつかのリベラル陣営の選挙を見つめたが、このセリフを引用したくなる場面に多々遭遇した。  優先順位を意識し行動する。日本のリベラル陣営が「正しさ」という驕りとともに忘れがちな行動原理を香港のプロテスターたちは適切に育んでいたのだ。 <取材・文・撮影/大袈裟太郎>
おおげさたろう●1982年生まれ。本名、猪股東吾。リアルタイムドキュメンタリスト/現代記録作家。ラッパー、人力車夫。2016年高江の安倍昭恵騒動を機に沖縄へ移住。やまとんちゅという加害側の視点から高江、辺野古の取材を続け、オスプレイ墜落現場や籠池家ルポで「規制線の中から発信する男」と呼ばれる。 2019年は台湾、香港、韓国、沖縄と極東の最前線を巡り「フェイクニュース」の時代にあらがう。2020年6月よりBLM取材のため渡米。 Twitter
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