―― 日本がアメリカの属国でいたいと思っても、アメリカが一方的にアジアから撤退する可能性もあります。トランプは何度もそうした素振りを見せています。そうなれば、日本は否応なく日米安保のありかたを見直さなければならなくなると思います。
内田:アメリカが日本から軍事的に撤退したとしても、それで日本が主権国家になる保証はありません。むしろ「
宗主国なき属国」という最悪の形態になるリスクがある。
今はとりあえず「アメリカの国益増大に奉仕する」という客観的な条件が日本の政治指導者には求められていますけれど、アメリカが去った後は、その条件がなくなる。もはや誰によってもその能力や適性を査定されることのない、
世襲化した指導者たちが惰性的に国民の財産を私有化し続ける。アフリカや南米の破綻国家で起きているのと同じことが日本でも起きるかもしれない。
―― アメリカが日本から撤退しても属国マインドだけ残るとなると、今度はアメリカの属国から中国の属国になってしまう恐れもあるのではないでしょうか。
内田:あり得ます。歴史的に見れば、日本は卑弥呼の時代から徳川時代まで、形式的には中国の属国でした。足利将軍は皇帝から「日本国王」に任じられていたし、徳川将軍は「日本国大君」でした。いずれも中華帝国の辺境自治領の統治者という意味です。
中華思想に基づく華夷秩序では、世界の中心に中華皇帝がおり、そこから同心円的に「王化の光」が広がる。周縁部は光が届かず、禽獣の類である「化外の民」が暮らす場所とされていました。「化外の地」には中華皇帝の実効支配は及びません。そこは形式的には中華帝国の領土なのだけれど、自治が許された。
中国は伝統的に西には強い関心がありますが、東側にはほとんど興味を示しません。7世紀に白村江の戦いによって唐と新羅の連合軍に完敗したあと、日本は唐の侵略に備えて防人の制度を整え、海岸線に水城を築き、国防を整えましたが、待てど暮らせど唐は攻めてこなかった。当時、東アジアで唐に服属していなかったのは日本一国でした。なぜ来なかったのか、理由はわかりません。
明代に中国は南シナ海から東アフリカにいたる7度の大航海をしますが、一度も日本にやってきていません。3日ほどの航海で日本列島に着くんですから、長崎沖あたりに艦隊を並べ、その威容を見せつけても別にいいと思うんですけれど、その手間を惜しんだ。
現在中国政府が進めている「一帯一路構想」もそうです。陸路はかつて張騫や李陵がたどった西域ルートですし、回路は鄭和の大航海のコースそのままです。ですから、南シナ海沿岸は歴訪するけれど、東シナ海を東進するというアイディアはない。
中国が日本列島に関心を寄せた唯一の例外は元寇ですが、これはモンゴル族のしたことです。理由は分かりませんが、どうやら漢民族は東海には関心がないらしい。
日本は卑弥呼の時代から明治維新まで、形式的には中華帝国の冊封を受けていた。全歴史の90%以上を中華帝国の辺境自治国として過ごしてきたということです。さいわい、その間に日本は中国に植民地化されもせず、奴隷化されたこともなく、軍隊が常駐したことも不平等条約を強いられたこともなかった。ですから、この後どこかの時点で日本が中華帝国の辺境に「戻る」ことがあったとしても、それは歴史的に言えば決して「異常事態」ではないということです。
―― 日本がアメリカからも中国からも独立する方法は考えられませんか。
内田:日本が近代的な主権国家としてふるまっていられたのは、明治維新から1945年の敗戦までの77年だけです。その特権に与ることができたのはアメリカの南北戦争のおかげだと思います。1853年にペリー艦隊が日本にやってきた時点では、アメリカには日本を植民地化する意図があったと思います。捕鯨船の補給基地としての開港を求めるという手口はのちにアメリカがのちにハワイを併合したときにも使いました。米西戦争では謀略で戦争を仕掛けて、キューバとフィリピンを手に入れました。同じことが日本列島でも行われなかったということは言い切れない。
日本にとって幸運だったのは、幕末の日本の弱体化に乗じてアメリカが日本進出をしようとしたまさにその時に米国内で南北戦争が勃発したことです。そのため、アメリカは国内問題に集中せざるをえなくなった。その間に日本国内の幕府と薩長の対立にイギリスやフランスがそれぞれの帝国主義的下心をもって入り込んできたので、アメリカの入る余地がなくなった。
それに日本人には近代化を急ぐ理由がありました。宗主国である清朝がアヘン戦争から後、あっという間に列強に蚕食されたのを目の当たりにしたからです。中国ほどの大国がこれほど容易に植民地化されてしまったのですから、超高速での近代化以外に日本の生き残る道はないと悟ったのです。
ですから、明治維新から77年間、日本が主権国家であったということの方がむしろ「奇跡」だったと言ってよいと僕は思います。英米仏にロシアを加えた帝国主義列強がおたがいを牽制していたためにできた一種の地政学的「真空地帯」に日本列島はあった。そこで得た「空き時間」の間に、日本人は幕末の動乱を切り抜け、近代国家を作り上げることができた。
―― とすると、当時と似たようなパワーバランスを回復できれば、日本は独立国家になれるということですね。現在は当時と真逆で、アメリカの没落、中国の台頭という状況にあります。
内田:理論的にはアメリカの没落と中国の勃興という19世紀とは逆の動きによって、東アジアに地政学的な「真空地帯」が生まれる可能性はあり得ます。とはいえ、日本一国だけでは大国の干渉を退けることは困難です。
日本と韓国、台湾、香港が「合従」して、東アジア共同体を構築することが最も合理的な解だと僕は思っています。
日本と韓国と台湾と香港の四つの政治単位は民主主義という同一の統治理念を共有していますが、それだけではなく、この四つの社会はいずれも
直系家族制です。直系家族制というのは、
子のうち1人だけが親の家にとどまり、家産や職業を継承する仕組みですが、フランスの歴史人口学者エマニュエル・トッドによれば、
家族形態が同型的であれば、めざす社会のあり方についてのイメージも同型的なものになる。
同じアジアの国ですが、中国は違います。中国は
外婚制共同体家族制です。息子たちは全員親元に残って、大家族を作る。この家族制を持つ国は、中国、ロシア、ユーゴスラヴィア、ブルガリア、ハンガリー、ベトナム、キューバなどで、20世に生まれたすべての共産主義国家はこの家族制の社会でした。
秦は共同体家族制、それと対立した東方六国は直系家族制でした。つまり、
「合従連衡」は単なる地政学的なオプションだったのではなく、無意識のうちに東方六国は自分たちが求める国家像に共通点があることを認識していたのです。同じことが21世紀に起きても不思議はないと僕は思っています。
ですから、日米安保条約の見直しについても、日本単独ではなく、韓国や台湾と連携しつつ、朝鮮半島から台湾にいたるラインを「中立地帯」とするというかたちでの日米安保条約の見直しは理論的には可能だと僕は思っています。
(12月4日インタビュー、聞き手・構成 中村友哉)
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