さて、文科省が目指そうとしていた入試改革、その中の一つが大学入学共通テストですが、掲げた理想は悪いものではない、むしろ実現できるのであれば評価できるものも多くあると考えられます。しかし、それを入試問題にしようと拘るばかりにこれまでに蓄積してきたものを失いました。もともと、
多くの理想を一つの試験の中、すなわち、60分、70分で解く50万人が受ける試験の中で実現しようとすることに無理があります。
では、例えば何を失っているかを説明しましょう。
第2回の試行調査の問題を実際に解いてみると、
問題文は長く、読むのに時間がかかりますが、計算用紙を用意して計算するような問題は減っていることに気がつきます。それは、正解を選択する「
多岐選択式問題」が増えたからです。
以下で、2019年のセンター試験と2018年に実施した第2回試行調査の「数学I・数学A」の問題と「数学II・数学B」の問題の中の多岐選択式問題の全体に対する配点の割合を比較しました。多岐選択式問題ではない問題とは、数値をマークする問題のことで例えば、正解が123であれば、問題文の中にアイウとあり、アは1、イは2、ウは3をマークするのでよほどのことがなければ「まぐれ当たり」はしません。
なお、「数学I・数学A」「数学II・数学B」のどちらも選択問題を含みますので、どの問題を選択するかによって分類しました。
【多岐選択式問題の配点の変化】
▼数学I・数学A
(1)確率と整数を選択した場合
2019センター:25点 2018試行調査:46点
(2)整数と図形を選択した場合
2019センター:25点 2018試行調査:62点
(3)確率と図形を選択した場合
2019センター:25点 2018試行調査:62点
▼「数学II・数学B」
(1)数列とベクトルを選択した場合
2019センター:2点 2018試行調査:45点
(2)数列と統計を選択した場合
2019センター:4点 2018試行調査:48点
(3)ベクトルと統計を選択した場合
2019センター:4点 2018試行調査:52点
さて、これらのグラフの比較から、
センター試験よりも共通テスト(あくまでも試行調査ですが)の方が多岐選択式問題が増えたことがわかりました。もう一度確認しておきましょう。
多岐選択式問題とは、正解を解答群の中から選ぶ問題のことです。そしてそれは、よく理解していなくても「まぐれ当たり」で正解することができるため、思考力がなくても正解に達することがあるものです。
しかし、共通テスト(試行調査)では多岐選択式問題の割合が増えています。つまり、共通テストでは
、思考力をはかるという点では後退したわけです。
多岐選択式問題が増えた理由として、
知識があるかどうかを直接問う問題が増えたからです。従来は計算も必要な問題を出題していて、その問題を解けることで、知識があるかどうか、計算が確実にできるかどうかのように、一題で複数の力を試すしていました。
また、「数学I・数学A」の問題では第1問に2次関数のグラフをコンピュータグラフ表示ソフトの画面があります(2つの試行調査の問題にあります)が、これをわざわざこの設定にする必要はありません。単刀直入に問う方が数学の力があるかどうかを確かめられます。
出題者は何かにとりつかれたような感じで作問しているのが見えます。大変ご苦労なことですが、やはり、
共通テストは多くのものを盛り込もうとせずに、シンプルに基礎力をみることに徹した方がよいのではないでしょうか。今のままでは、
目的通りのものには程遠い不良品です。日常生活において数学がいかに役に立っているかについては、高校の授業の中で行い、記述式で問いたかったことは、国公立大学の個別試験の中で専門家の目で判定してもらうのがよい形でしょう。
★ここまでのまとめ★
●ここ20年以上前から、数学教育では「数学のよさ」(数学の有用性)をアピールする内容が増えた。
●その結果、数学が実生活の中で役に立つことを教科の中に取り入れられるようになった。
●共通テストにも実生活と関係のある内容を取り入れようとした。その結果、余分な文章を含む長文の問題が現れるようになった。
●一方、答を選択する問題も増えた。これは、思考力がなくても解ける問題でセンター試験と比べると後退した。
●文科省の理想は評価してもよいが、それが実体として現れず、結果として試験としては不良品と見なされることもある。
<文/清史弘>
せいふみひろ●Twitter ID:
@f_sei。数学教育研究所代表取締役・認定NPO法人数理の翼顧問・予備校講師・作曲家。小学校、中学校、高校、大学、塾、予備校で教壇に立った経験をもつ数学教育の研究者。著書は30冊以上に及ぶ受験参考書と数学小説「数学の幸せ物語(前編・後編)」(現代数学社) 、数学雑誌「数学の翼」(数学教育研究所) 等。