2019年11月19日、衆議院で日米貿易協定及び日米デジタル貿易協定が賛成多数で可決されてしまった。今後は参議院の審議となる。
トランプ大統領はこの協定を自身の選挙戦でのアピール材料とするため、2020年1月1日の発効を当初から目指してきた。日本側には急ぐ必要は一切ないにも関わらず、米国側の要望に沿う形で10月24日に審議入り。スケジュールありきの拙速な審議を行ってきた。衆議院外務委員会での審議時間はわずか14時間であり、衆議院で約70時間、参議員で約60時間の計130時間かけたTPP協定には程遠い。
審議の内容も十分に深まっていない。政府は合意後から「ウィンウィンの協定」と言うが、その根拠は不明瞭なものが多い。
野党側は主に、
①米国が日本車への高関税措置をかけないと確約したというが、その根拠が明確でないこと
②米国が日本車にかける自動車関税の撤廃が具体的に約束されていないこと
③それに伴い日米貿易協定はWTO違反であること(詳しくは拙稿「
多国間貿易体制を脅かす日米貿易協定―WTO違反をしてでも米国の要望に応えるのか」|HBOLを参照)
④農産物のセーフガード問題、⑤今後の交渉への懸念(第二段階の交渉では他の分野も対象にされる可能性)
などの点を追及してきた。しかし
政府の答弁は決して誠実とは言えないもので野党も苦戦を強いられている。
衆議院での可決がほぼ確実となり、これから参議院での審議が始まろうとする中、米国側でもいくつかの動きがある。
通商交渉の専門家は協定合意直後から問題点を指摘しており、また11月に入り米国議員からも協定内容についての厳しい指摘が見られる。本稿では、これらの分析・反応を紹介する。
2019年8月25日、フランスのビアリッツにて日米貿易協定・日米デジタル貿易協定が「大筋合意」された直後から、米国ではシンクタンクや通商交渉の専門家等から、この協定は
GATT24条が定めるFTAの条件としての「実質的にすべての貿易」をカヴァーしておらず、WTO違反が懸念されるとの指摘がなされてきた。詳細は拙ブログ記事「
日米貿易協定の問題点:米国専門家からも“WTO違反”の指摘」にまとめたが、例えばCato Institute(ケイトー研究所)のサイモン・レスター氏や、Peterson Institute(ペーターソン研究所:PIIE)のジェフリー・スコット氏、ロビイ企業 White&Caseなど著名な研究機関やコンサル企業などがWTO違反の可能性を指摘している。
またブルッキングス研究所が米国で開催したシンポジウムに登壇した早稲田大学の浦田秀次郎教授も、「
日米貿易協定はWTOの要件を満たさない」と問題提起をしている。
日本国内でも複数の専門家が同様の指摘をしているが、強調しておくべきは、これら両国の専門家は共通して協定文や各国の発表資料に基づき、
「米国は日本車への関税撤廃を現時点では約束していない」と分析していることだ。これは「米国は関税撤廃を約束した」という日本政府の説明と真っ向から対立する。
筆者は11月上旬、インドで開催された貿易問題に取り組む国際NGOの会合に参加した。この場でも
ヨーロッパやニュージーランド、インド等の貿易専門家たちがすでにこの問題を認識しており、「日米貿易協定はWTOに抵触する」と評していた。他国の多くの貿易専門家もこの協定はWTO違反ではないかと見ているのだ。