米国の国会議員・専門家も次々と問題提起。日米貿易協定をこのまま批准していいのか

誰のためのルールなのか?―デジタル貿易協定の条項削除を求める声

 日本ではあまり注目されない「日米デジタル貿易協定」についても、米国で問題提起の声がある。  11月1日、共和党上院のテッド・クルーズ議員(テキサス州)は11月1日、トランプ政権に対し、カナダ・メキシコ・米国の間のUSMCA(新NAFTA)と日米デジタル貿易協定に含まれる、「プラットフォーマー企業を民事責任から守る」条項を削除するよう要請した。この条項とは、日米デジタル貿易協定の第18条「コンピュータを利用した双方向サービス」である。  日米デジタル貿易協定の主なルールは「デジタル製品への関税賦課の禁止」「国境を越えるデータ(個人情報含む)の自由な移転」「コンピュータ関連設備を自国内に設置する要求の禁止」「政府によるソース・コードやアルゴリズムなどの移転(開示)要求の禁止」、そして「SNS等の双方向コンピュータ・サービスの提供者の損害責任からの免除」などである(参照:協定文)。  一言で言えば、GAFAなどの巨大プラットフォーマー企業にとってより有利な条項がTPPを強化する形で定められた。この分野についての日米の方向性はほぼ一致しており、今回協定を批准したとしても日本の国内法を変更する必要はない。しかし、この分野は世界中で統一されたルールがなく、米国・中国・EU・インド等新興国・途上国という四極で、データの流通やプライバシー保護、政府による企業への規制など様々な点で対立している。こうした中、日米が極めて企業優先のルールを確立することは、WTOを含めた多角的交渉の中で対立構図が生まれるという懸念が拭えない。  クルーズ議員が削除を求める「プラットフォーマー企業を民事責任から守る」条項とは、簡単に言えば第三者(ユーザー)がネット上に投稿した情報が、虚偽や人権侵害、名誉棄損であった場合も、その情報を媒介したプロバイダやプラットフォーム企業の責任は問わない(免責)とするものだ。これは、すでに米国にある「通信品位法」230条に沿った条項で、かつて成長段階にあったIT企業やプラットフォーマーに極力自由を与えることで成長を促してきたという側面がある。同時に、過度な規制からユーザーの表現の自由を守るという観点からもこうした規定が重視されてきた経緯もある。実際、 Google(検索サービス)やfacebook(SNS)などのオンライン・プラットフォーム企業は、この免責によって拡大してきたことは事実であり、また外国との貿易協定の中にも同じ条項を入れ込むことを求めてきた。  ところが、この米国通信品位法230条が、近年米国内でも大きな議論となっている。「プラットフォーマー企業は免責にあぐらをかいて、適切なコンテンツのモデレート(投稿監視)を怠っている」という指摘や、暴力や児童買春、人権侵害、嫌がらせなど様々な投稿・コンテンツが急増している中で、「プラットフォーマーへの規制を強めるべきだ」との主張が市民社会や国会議員からあがっているのだ。IBM を含む業界内部からも法の見直し・改正を求める声が出ている。これらを受け、米国議会でも議論が進行中である。

保守リベラル双方からあがる見直しの声

 今回のクルーズ議員の主張も、こうした米国議会での改正議論を背景にしている。議員の書簡は、「現在、米国議会では上院・下院で、230条の免責付与を修正もしくは削除するかについて、真剣に検討しているところであり、その対象である条項を貿易協定に含めることは誤りである。米国の貿易協定は、確定した米国法と価値観、慣習を反映すべきです。進行中の議論の対象となる条項を含めるべきではない」として、USMCAと日米デジタル貿易協定に含まれる、米国通信品位法230条に沿った条項の削除を求めている。  大変興味深いのは、クルーズ議員は共和党の保守強硬派で、前回の大統領選にも出馬したことでも知られる人物であることだ。近年、ソーシャルメディア・プラットフォームが保守派議員を監視・検閲しているとして共和党議員からも巨大化するIT企業への警戒が高まっている。民主党の中にも230条の改正を求める声はあり、ナンシー・ペロシ議長も、「通信品位法230条は、大手ハイテク企業への贈り物であるが、彼らがこの特権に見合う責任を果たしているとは思えない」と述べている。  米国議員たちは、プラットフォーマーの免責についての議論の途中で、国内法より優越する貿易協定の中で免責条項が確定してしまえば、国内法を修正する機会と権限を失ってしまうと主張している。下院エネルギー・商業委員会は9月の公聴会にて、USTRライトハイザー代表にこの件について証言を求めたが、ライトハイザー氏はこれを拒否した。他の委員会でもプラットフォーマーの免責については関心が持たれており、議会と政府の間の闘いが静かに広がってきている。  実は日本の国会審議でも、「日本ではようやくプラットフォーマー規制やデジタル・ルールの確立に着手した状態だ。そんな中で日米デジタル貿易協定が発効すると、今後の日本の政策スペースを限定してしまわないか」という質問が出された。これはまさに米国議員たちが提起している点と同じであることを強調しておきたい。  米国の通商交渉の優先順位は、中国との貿易戦争、そしてUSMCAの批准であり、日米貿易協定への関心は議員や市民社会の間でも非常に低い。その理由には、日本との協定は米国にとってマイナスはほとんどなく、TPPで失った市場アクセスの一部を回復したというものだ。他の協定のように大規模な反対キャンペーンや議員からの反対が生まれる条件がない。とはいえ、専門家や議員からの批判は、トランプ政権にとってはやっかいな問題だ。このまま何の問題もなく、議会承認なしで協定を発効させられるのか、今後の公聴会や議員の動きを注視したい。  日本では11月20日から参議院の審議が始まると言われている。米国での問題提起を参照しつつ、衆議院で積み残った様々な課題はもちろんのこと、日本の将来の産業や私たちの社会、暮らしのあり方について、そして誰のための貿易なのか――?という点も含めた本質的な課題を議論すべきである。 <取材・文/内田聖子>
うちだしょうこ●NPO法人アジア太平洋資料センター〈PARC〉共同代表
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