こういったメディアの報道の仕方に対して、‘16年には依存症治療・回復関係団体と専門家によって「依存症問題の正しい報道を求めるネットワーク」が結成された。同団体が提案した薬物報道のガイドラインは、下記のような内容となっている。(参照:
依存症問題の正しい報道を求めるネットワーク)
【望ましいこと】
・薬物依存症の当事者、治療中の患者、支援者およびその家族や子供などが、報道から強い影響を受けることを意識すること
・依存症については、逮捕される犯罪という印象だけでなく、医療機関や相談機関を利用することで回復可能な病気であるという事実を伝えること
・相談窓口を紹介し、警察や病院以外の「出口」が複数あることを伝えること
・友人・知人・家族がまず専門機関に相談することが重要であることを強調すること
・「犯罪からの更生」という文脈だけでなく、「病気からの回復」という文脈で取り扱うこと
・薬物依存症に詳しい専門家の意見を取り上げること
・依存症の危険性、および回復という道を伝えるため、回復した当事者の発言を紹介すること
・依存症の背景には、貧困や虐待など、社会的な問題が根深く関わっていることを伝えること
【避けるべきこと】
・「白い粉」や「注射器」といったイメージカットを用いないこと
・薬物への興味を煽る結果になるような報道を行わないこと
・「人間やめますか」のように、依存症患者の人格を否定するような表現は用いないこと
・薬物依存症であることが発覚したからと言って、その者の雇用を奪うような行為をメディアが率先して行わないこと
・逮捕された著名人が薬物依存に陥った理由を憶測し、転落や堕落の結果薬物を使用したという取り上げ方をしないこと
・「がっかりした」「反省してほしい」といった街録・関係者談話などを使わないこと
・ヘリを飛ばして車を追う、家族を追いまわす、回復途上にある当事者を隠し撮りするなどの過剰報道を行わないこと
・「薬物使用疑惑」をスクープとして取り扱わないこと
・家族の支えで回復するかのような、美談に仕立て上げないこと
今回の報道については、このガイドラインと照らし合わせながら、どこがガイドラインを守ろうとしているか、無視しているかを見てみるのもいいだろう。
同じ覚せい剤所持の容疑で逮捕されたことのある人物からは、次のような声もあがっている。取材に答えてくれたのは、藤本隆志氏(仮名・50代)だ。
「寄ってたかって晒し者にするような報道の仕方はどうかと思います。いまだに刑務所に入れれば自然と止められるような印象を持っている人が多いのも問題です。薬物依存で必要なのは治療であって、いくら罰を重くして無関係な人間がクスリの危険性を訴えたところで効果はありませんよ」
こういった当事者の“声”を奪うことも報道の問題点なのかもしれない。海外では薬物依存に苦しんだ、苦しんでいることを積極的に発信するアーティストも少なくない。
10月末には俳優マイケル・ダグラス氏の息子、キャメロン・ダグラス氏が、薬物依存の苦しさを打ち明けて大きなニュースとなった。(参照:
VARIETY)
また、9月には人気メタルバンドMETALLICAのフロントマン、ジェームズ・ヘットフィールドが依存症の治療をするためにツアーをキャンセルすることを発表した。この発表に対しても、ファンからは彼を気遣うようなコメントや回復を願うコメントが寄せられており、
メディアも発表に対して是非を問うような報道はしていない。むしろ同業のミュージシャンからは、彼の依存症との戦いに勇気をもらった、その姿勢にインスパイアされたという声があがっているほどだ。(参照:
RollingStone)
薬物乱用の防止、そして当事者の治療をするためには、それを取り囲む社会も変わらなければいけない。ゴシップに依存したメディアにも早期の対策が求められる。
<取材・文/林 泰人>
ライター・編集者。日本人の父、ポーランド人の母を持つ。日本語、英語、ポーランド語のトライリンガルで西武ライオンズファン